ながら、きょろきょろそこらを見《み》まわしますと、木の上に登《のぼ》っている女の子の姿《すがた》が、沼《ぬま》の水《みず》にうつりました。山姥《やまうば》はいきなりそのうつった姿《すがた》をめがけて、沼《ぬま》の中に飛《と》び込《こ》みました。
 女の子はその間《ま》に木の上から飛《と》び下《お》りて、沼《ぬま》の岸《きし》のくまざさを分《わ》けて、逃《に》げて行きますと、一|軒《けん》の小屋《こや》がありました。中へ入《はい》ると、若《わか》い女の人が一人《ひとり》、留守番《るすばん》をしていました。女の子はこの女の人に、山姥《やまうば》に追《お》われて来《き》たことを話《はな》して、石の櫃《ひつ》の中へかくしてもらいました。
 すると間《ま》もなく、山姥《やまうば》はまた沼《ぬま》から上《あ》がって、どんどん追《お》っかけて来《き》ました。そして小屋《こや》の中に入《はい》って来《き》て、
「女の子が逃《に》げて来《き》たろう。早《はや》く出《だ》せ。」
 とどなりました。
「だってわたしは知《し》らないよ。」
 すると山姥《やまうば》は疑《うたが》い深《ぶか》そうに、鼻《はな》をくんくん鳴《な》らして、
「ふん、ふん、人くさい、人くさい。」
 といいました。
「なあに、それはわたしが雀《すずめ》を焼《や》いて食《た》べたからさ。」
「そうか。そんなら少《すこ》し寝《ね》かしておくれ。あんまり駆《か》けてくたびれた。」
「おばあさん、おばあさん。寝《ね》るのは石の櫃《ひつ》にしようか、木の櫃《ひつ》にしようか。」
「石の櫃《ひつ》はつめたいから、木の櫃《ひつ》にしようよ。」
 こう山姥《やまうば》はいって、木の櫃《ひつ》の中に入《はい》って寝《ね》ました。
 山姥《やまうば》が櫃《ひつ》の中に入《はい》ると、女《おんな》は外《そと》からぴんと錠《じょう》を下《お》ろしてしまいました。そして石の櫃《ひつ》の中から女の子を出《だ》してやって、
「山姥《やまうば》を木の櫃《ひつ》の中に入《い》れてしまったから、もう大丈夫《だいじょうぶ》だ。」
 といって、太《ふと》い錐《きり》を出《だ》して、火《ひ》の中につっ込《こ》んで真《ま》っ赤《か》に焼《や》きました。この焼《や》いた錐《きり》を木の櫃《ひつ》の上からさし込《こ》みますと、中で山姥《やまうば》が寝《ね》ぼけた声《こえ》で、
「何《なん》だ、二十日《はつか》ねずみか、うるさいぞ。」
 といいました。その間《ま》に女《おんな》は櫃《ひつ》に穴《あな》をあけて、ぐらぐら煮《に》え立《た》っているお湯《ゆ》を穴《あな》からつぎ込《こ》みますと、中で、
「あつい、あつい。」
 とさけびながら、山姥《やまうば》はどろどろに煮《に》えくずれて、死《し》んでしまいました。女は山姥《やまうば》を殺《ころ》して、女の子といっしょにうちへ帰《かえ》りました。この人ももとは山姥《やまうば》にさらわれて、こんな所《ところ》に来《き》ていたのでした。



底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:土屋隆
2006年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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