おれはむこう二階の中尉さんになったようにおもったが、まるで愉快でもなんでもなかった。息のつまるほどほおずりしようとまちかまえていてくれる、かみさんやこどものいることを忘れてなるものか。」
 夜番はまたすわって、こくりこくりやっていました。夢がまだはっきりはなれずにいました。うわおいぐつはまだ足にはまっていました。そのとき流れ星がひとつ、空をすべって落ちました。
「ほう、星がとんだ。」と、夜番はいいました。「だが、いくらとんでも、あとにはたくさん星がのこっている。どうかして、もう少し星のそばによってみたいものだ。とりわけ月の正体をみてみたいものだ。あれだけはどんなことがあっても、ただの星とちがって、手の下からすべって消えていくということはないからな。うちのかみさんがせんたく物をしてやっている学生の話では、おれたちは死ぬと、星から星へとぶのだそうだ。それはうそだが、しかしずいぶんおもしろい話だとおもう。どうかしておれも星の世界までちょいととんでいくくふうはないかしら、すると、からだぐらいはこの段段のうえにのこしていってもいい。」
 ところで、この世の中には、おたがい口にだしていうことをつつ
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