そこで、いそいであたまをひっこめようとしました。けれども、うまくいきませんでした。どうやら動くのは首だけで、しかしそれきりでした。はじめはぷりぷりしてみました。そのうちがっかりして、零下《れいか》何度のごきげんになってしまいました。幸福のうわおいぐつは、この人をこんななさけないめにあわせたのです。しかも、ふしあわせと、ああどうか自由になりたいとひとこということをおもいつかずにいました。そういう代りに、むやみとじれて、がたがたやりました、でもいっこう動けません。雨はしぶきをたててながれました。往来には人ッ子ひとり通りません。門のベルにはせいがとどきません。どうしてぬけだしましょう。こうなると、まずあしたの朝まで、そこにそのままたっているということになりそうです。そこで、みんながみつけてかじ[#「かじ」に傍点]屋を呼びにやってくれて、鉄の格子《こうし》をやすりで切ってだすというところでしょう。だがそういうしごとは、ちょっくりはこぶものではありません。すぐまえの青建物の貧民学校から、総出でくる、すぐそばの海員地区からも、つながってくる、このお仕置台に首をはさまれている、さらし物の見物で、去年|竜舌蘭《りゅうぜつらん》の大輪が咲いたときのさわぎとはまたちがった、大へんな人だかりになるでしょう。
「うう、苦しい。血があたまに上るようだ。おれは気がちがう。――そうだ、もう気がちがいかけている。ああ、どうかして自由になりたい、それだけでもういいんだ。」
これはもう少し早くいえばよかったことでした。こうおもったとおり口にだしたとたん、あたまは自由になりました。幸福のうわおいぐつのおそろしいきき目にびっくりして、助手はむちゅうでうちへかけ込みました。
しかし、これでいっさいすんだとおもってはいけません。これからもっとたいへんなことになるのです。
その晩はそれですぎて、次の日も無事に暮れました。たれもうわおいぐつを取りにくるものはありませんでした。
その日の夕、カニケ街の小さな朗読会の催しがあるはずでした。小屋はぎっしりつまっていました。朗読会の番組のなかに、新作の詩がありました。それをわたしたちもききましょう。さて、その題は、
[#ここから3字下げ]
おばあさんの目がね
ぼくのおばあちゃん、名代《なだい》のもの知り、
「昔の世」ならばさっそく火あぶり、
あったことなら、なんでも知ってて、
その上、来年のことまでわかって、
四十年さきまでみとおしの神わざ、
そのくせ、それをいうのがきらい、
ねえ、来年はどうなりますか、
なにかかわったことでもないか、
お国の大事か、ぼくの身の上、
やっぱり、おばあちゃん、なんにもいわない、
それでもせがむと、おいおいごきげん、
はじめのがんばり、いつものとおりさ、
もうひと押しだ、かわいい孫だ、
ぼくのたのみをきかずにいようか。
「ではいっぺんならかなえてあげる」
やっと承知で目がねを貸した。
「さて、どこなりとおおぜいひとの
あつまるなかへでかけていって
ごったかえしを、目がねでのぞくと、
とたんに、それこそカルタの札の
うらないみたいに、なんでも分かる
さきのさきまで、手にとるように。」
おれいもそこそこ、みたいがさきで、
すぐかけだしたが、さてどこへいく。
長町通《ランケリニエ》か、あそこはさむい、
東堤《エスデルガーデ》か、ペッ、くされ沼
それでは、芝居か、こりゃおもいつき、
出しものもよし――お客は大入。
――そこでまかり出た今夜の催し、
おばばの目がねをまずこうかけて、
さあながめます――お逃けなさるな――
ほんに、皆さま、カルタの札で
未来のうらない、あたればなぐさみ――
ではよろしいか。ご返事ないのは承知のしるし。
さて、ご好意のお礼ごころに、
目がねでみたこと申しあける。
では、皆さまの、じぶんのお国の、未来のひみつ、
カルタのおもてに読みとりまする。
(目がねをかける)
ははん、なるほど、いや、わらわせる。
珍妙《ちんみょう》ふしぎ、お目にかけたい。
カルタの殿方、ずらりとならんで、
お行儀のいい、ハートのご婦人。
そちらに黒いは、クラブ[#「クラブ」は底本では「タラブ」]にスペード
――ひと目にずんずん、ほら、みえてくる――
スペードの嬢ちゃま、ダイヤのジャックに、
どうやらないしょのうち明け話で、
みているこっちが酔うよなありさま。
そちらはたいしたお金持そうな――
よその国からお客がたえない。
だが、つまらない――どうでもよいこと。
では、政治向。おまちなさいよ――新聞種《しんぶんだね》だ――
のちほどゆっくり読んだらわかるさ。
ここでしゃべると、業務の妨害、
晩のごはんのたのしみなくなる。
そんならお芝居――初演の新作。おこのみ流行。
いけない、これは――支
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