それはそれとして、またもとの東通へくだっていって、そこに夜番のたましいがおき去りにして来たからだは、どうしたかみてみましょう。
 夜番は、階段の上で息がなくなってねていました。明星《みょうじょう》をあたまにつけたやり[#「やり」に傍点]は、手からころげ落ちて、その目はぼんやりと月の世界をながめていました。夜番のからだは、そのほうへあこがれてでていった正直なたましいのゆくえをながめていたのです。
「こら夜番、なん時か。」と、往来の男がたずねました。ところが返事のできない夜番でありました。そこでこの男は、ごく軽く夜番の鼻をつつきますと、夜番はからだの平均《へいきん》を失って、ながながと地びたにたおれて、死んでしまいました。鼻をつついた男は、びっくりしたのしないのではありません。夜番が死んだまま生きかえらないのです。さっそく知らせる、相談がはじまる、明くる朝、死体は病院にはこばれました。
 ところで、月の世界へあそびにでかけたたましいが、そこへひょっこり帰って来て、東通に残したからだを、ありったけの心あたりを探してみて、みつけなかったら、かなりおもしろいことになるでしょう。たぶんたましいはまず第一に警察へでかけるでしょう。それから人事調査所へもいくでしょう。そしてなくなった品物のゆくえについて捜索《そうさく》がはじまるでしょう。それから、やっと、病院までたずねていくことになるかも知れませんが、でも安心してよろしい。たましいはじぶんの身じんまくをするのは、この上なくきようです。まのぬけているのはからだです。
 さて申し上げたとおり、夜番のからだは病院へはこばれました。そうして清潔室《せいけつしつ》に入れられました。死体をきよめるについて、もちろん第一にすることは、うわおいぐつをぬがせることでした。そこで、いやでもたましいはかえってこないわけにはいきません。で、さっそくたましいはからだへもどって来ました。すると、みるみる死骸に気息《いき》がでて来ました。夜番は、これこそ一生に一どの恐しい夜であったと白状しました。もうグロシェン銀貨なん枚もらっても、二どとこんなおもいはしたくないといいました。しかし今となれば、いっさい、すんだことでした。
 その日、すぐと、夜番は、病院をでることをゆるされました。けれど、うわおいぐつは、それなり病院にのこっていました。
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   四 一大事 朗読会の番組 世にもめずらしい旅

[#挿絵(fig42380_04.png)入る]
 コペンハーゲンに生まれたものなら、たれでもその町のフレデリク病院の入口がどんなようすか知っているはずです。でもこの話を読む人のなかには、コペンハーゲン生まれでない人もあるでしょうから、まずそれについて、かんたんなお話をしておかなくてはなりますまい。
 さて、その病院と往来とのあいだにはかなり高いさく[#「さく」に傍点]があって、ふとい鉄の棒が、まあ、ずいぶんやせこけた志願助手ででもあったらむりにもぬけられそうな、というくらいの間《ま》をおいて並んでいました。それで、ここからぬけてちょっとしたそとの用事がたせるというわけでした。ただからだのなかで、いちばんむずかしいのはあたまでした。そこでよくあるとおり、ここでも小あたまがなによりのしあわせということになるのでした。まずこのくらいで、前口上はたくさんでしょう。
 さて、若いひとりの志願助手がありました。からだのことだけでいうと、大あたまの男でしたが、これが、ちょうどその晩、宿直《しゅくちょく》に当っていました。雨もざんざん降っていました。しかし、このふたつのさわりにはかまわず、この人はぜひそとへでる用がありました。それもほんの十五分ばかりのことだ、門番にたのんで門をあけてもらうまでもなかろう、ついさく[#「さく」に傍点]をくぐってもでられそうだからとおもいました。ふとみると夜番のおいていったうわおいぐつがそこにありました。これが幸福のうわおいぐつであろうとはしりませんでした。こういう雨降りの日には、くっきょうなものがあったとおもって、それをくつの上にはきました。ところで、はたしてさく[#「さく」に傍点]はくぐることができるものかどうか、今までは、ついそれをためしてみたことがないのです、そこでさく[#「さく」に傍点]のまえにたちました、
「どうかあたまがそとにでますように。」と、助手はいいました。するとたちまち、いったいずいぶんのさいづちあたまなのが、わけなくすっぽりでました。そのくらい、うわぐつは心えていました。ところで、こんどはからだをださなければならないのに、そこでぐっとつまってしまいました。
「こりゃ肥りすぎているわい。どうもあたまが一番始末がわるそうだとおもったのだが。でるのはだめか。」と、助手はいいました。
 
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