はべつだんおもしろいこともありませんでしたから、話はそれなりまたつづきました。で、わたしたちはちょっと表の控間へはいってみましょう。そこにはがいとうと、つえと、かさと、くつの上にはうわおいぐつが一足《いっそく》置いてありました。みるとふたりの婦人が卓《つくえ》のまえにすわっていました。ひとりはまだ若い婦人ですが、ひとりは年をとっていました。ちょっとみると、お客のなかのお年よりのお嬢さん、または未亡人《びぼうじん》の奥さんのお迎えに来て、待っている女中かとおもうでしょう。でもよくみると、ふたりとも、ただの女中などでないということはわかりました。それにはふたりともきゃしゃすぎる手をしていましたし、ようすでも、ものごしでも、りっぱすぎていましたが、着物のしたて方にしても、ずいぶんかわっていました。ほんとうは、このふたりは妖女《ようじょ》だったのです。若いほうは幸福の女神でこそありませんが、そのおそばづかえのそのまた召使のひとりで、ちょいとしたちいさな幸福のおくりものをはこぶ役をつとめているのです。年をとったほうは、だいぶむずかしい顔をしていました。これは心配の妖女でした。このほうはいつもごじしん堂堂《どうどう》と、どこへでも乗り込んでいってしごとをします。すると、やはりそれがいちばんうまくいくことを知ってました。
ふたりはおたがいに、きょうどこでなにをして来たか話し合っていました。幸福の女神のおそばづかえのそのまた召使は、ほんのふたつ三つごくつまらないことをして来ました。たとえば買い立ての帽子が夕立にあうところを助けてやったり、ある正直な男に無名の篤志家《とくしか》からほどこし物をもらってやったり、まあそんなことでした。しかし、そのあとで、もうひとつ、話しのこしていたことは、いくらかかわったことであったのです。
「まあついでだからいいますがね。」と、幸福のおそばづかえのそのまた召使は話しました。「きょうはわたしの誕生日《たんじょうび》なのですよ。それでそのお祝いに、ご主人からうわおいぐつを一足《いっそく》あずけられました。そしてそれを人間のなかま[#「なかま」は底本では「なまか」]にやってくれというのです。そのうわおいぐつにはひとつの徳《とく》があって、それをはいたものはたちまち、だれでもじぶんがいちばん住んでみたいとおもう時代なり場所なりへ、はこんで行ってもらえて、そ
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