となると、学士はいくらか相手にわからせることができるかとおもって、ラテン語で話しましたけれど、いっこう役には立ちませんでした。
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*一八〇一年四月二日英艦の攻撃事件。
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「あなた、ご気分はどうですね。」と、おかみさんはいって、参事官のそでをひっぱりました。
ここではじめて、参事官はわれにかえりました。話でむちゅうになっているあいだは、これまでのことをいっさい忘れていたのです。
「やあ、たいへん、わたしはどこにいるのだ。」と、参事官はいって、それをおもいだしたとたん、くらくらとなったようでした。
「さあ、クラレットをやろうよ。蜜酒に、ブレーメン・ビールだ。」と、客のひとりがさけびました。
「どうです、いっしょにやりたまえ。」
ふたりの給仕のむすめがはいって来ました。そのひとりは*[#「*」は底本では欠落]ふた色の染分け帽子をかぶって来ました。ふたりはお酒をついでまわって、おじぎをしました。参事官はからだじゅうぞっとさむけがするようにおもいました。
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*ハンス王時代下等な酌女のしるし。
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「やあ、こりゃなんだ。こりゃなんだ。」と、参事官はさけびました。けれども、いやでもいっしょに飲まなければなりませんでした。客どもはごくたくみにこの紳士《しんし》をあつかいました。参事官はがっかりしきっていました。たれか、「あの男酔っぱらっているよ。」といったものがありましたが、そのことばをうそだとおこるどころではありません。どうぞ、ドロシュケ(辻馬車)を一台たのむといったのが精いっぱいでした。ところがみんなはそれをロシア語でも話しているのかとおもいました。
参事官は、これまでこんな下等な乱暴ななかまにはいったことはありませんでした。
「これではまるで、デンマルクの国が、異教国の昔にかえったようだ。こんなおそろしい目にあったことははじめてだぞ。」と、参事官はおもいました。しかしそのときふとおもいついて、参事官はテーブルの下にもぐりこんで、そこから戸口の所まではい出そうとしました。そのとおりうまくやって、ちょうど出口までいったところを、ほかの者にみつけられました。みんなは参事官の足をとって引きもどしました。そのとき大仕合わせなことには、うわおおいぐつがすっぽりぬけました。――それでいっさいの魔
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