にを客がいうのだかわかりませんでしたから、だまってその紙を渡しました。それはむかし、キョルンの町にあらわれたふしぎな空中|現象《げんしょう》をかいた一枚の木版刷《もくはんずり》でした。
「こりゃなかなか古い。」と参事官は、あんがいな掘り出しもので、おおきに愉快になりました。
「おまえさん、このめずらしい刷物《すりなの》をどうして手に入れたのだね。こりゃなかなかおもしろいものだよ。もっとも話はまるっきりおとぎばなしだがね。今日では、これに類した空中現象は、北極光をみあやまったものだということになつている。おそらく電気の作用でおこるものらしい。」
 すると参事官のすぐそばにすわって、この話をきいた人たちが、びっくりしてその顔をながめました。そして、そのうちのひとりは、たち上がって、うやうやしく帽子をぬいで、ひどくしかつめらしく「先生、どうも、あなたはたいそうな学者でおいでになりますな。」といいました。
「いやはや、どういたしまして。」と、参事官は答えました。「ついだれでも知っているはずのことをふたことみこと、お話しただけですよ。」
「けんそんは美徳で。」とその男はラテン語まじりにいいました。「[#「「」は底本では欠落]もっともお説にたいして、わたくしは異説をさしはさむものであります。しかしながら、わたくしの批判はしばらく保留いたしましよう。」
「失礼ながら、あなたはどなたですか。」と、参事官がたずねました。
「わたくしは聖書得業士でして。」と、その男が答えました。
 その答で参事官は十分でした。その人の称号と服装はそれによくつりあっていました。多分、これは村の老先生というやつにちがいない。よくユラン(ユットランド)地方でみかけるかわりものだと参事官はおもいました。
「ここはいかにも学者清談の郷ではありませんな。」と、その男はつづけていいだしました。「しかしどうかまげてお話しください。あなたはむろん、古書はふかくご渉猟《しょうりょう》でしょうな。」
「はい、はい、それはな。」と、参事官は受けて、「わたしも有益な古書を読むことは大好きですが、とうせつの本もずいぶん読みます。ただ困るのは『その日、その日の話』というやつで、わざわざ本でよまないでも、毎日のことで飽き飽きしますよ。」
「[#「「」は底本では「『」]『その日、その日の話』といいますと。」と、得業士はふしんそうにきき
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