《へいけ》の一門《いちもん》に見立《みた》てて、その中で一ばん大きな木に清盛《きよもり》という名《な》をつけて、小《ちい》さな木太刀《きだち》でぽんぽん打《う》ちました。
 するとある晩《ばん》のことでした。牛若《うしわか》がいつものように僧正《そうじょう》ガ谷《たに》へ出かけて剣術《けんじゅつ》のおけいこをしていますと、どこからか鼻《はな》のばかに高《たか》い、見上《みあ》げるような大男《おおおとこ》が、手に羽《は》うちわをもって、ぬっと出て来《き》ました。そしてだまって牛若《うしわか》のすることを見《み》ていました。牛若《うしわか》は不思議《ふしぎ》に思《おも》って、
「お前《まえ》はだれだ。」
 といいますと、その男《おとこ》は笑《わら》って、
「おれはこの僧正《そうじょう》ガ谷《たに》に住《す》むてんぐだ。お前《まえ》の剣術《けんじゅつ》はまずくって見《み》ていられない。今夜《こんや》からおれが教《おし》えてやろう。」
 といいました。
「それはありがとう。じゃあ、おしえて下《くだ》さい。」
 と、牛若《うしわか》は木太刀《きだち》を振《ふ》るって打《う》ってかかりました。てんぐはかるく羽《は》うちわであしらいました。
 この時《とき》からてんぐは毎晩《まいばん》牛若《うしわか》に剣術《けんじゅつ》をおしえてくれました。牛若《うしわか》はずんずん剣術《けんじゅつ》がうまくなりました。
 するうち、牛若《うしわか》が毎晩《まいばん》おそく僧正《そうじょう》ガ谷《たに》へ行って、あやしい者《もの》から剣術《けんじゅつ》をおそわっているということを和尚《おしょう》さんに告《つ》げ口《ぐち》したものがありました。和尚《おしょう》さんはびっくりして、さっそく牛若《うしわか》をよんで、髪《かみ》を剃《そ》って坊《ぼう》さんにしようとしました。牛若《うしわか》は、
「いやです。」
 といいながら、いきなり小太刀《こだち》に手をかけて、こわい顔《かお》をして和尚《おしょう》さんをにらめました。
 その勢《いきお》いにおそれて、髪《かみ》を剃《そ》ることは止《や》めました。
 牛若《うしわか》はこうしているとまた、
「坊《ぼう》さんになれ。」
 といわれるにちがいないと思《おも》って、ある日《ひ》そっと鞍馬山《くらまやま》を下《お》りて京都《きょうと》へ出ました。
 牛若《うしわか》はもう十四、五になっていました。

     二

 そのころ京都《きょうと》の北《きた》の比叡山《ひえいざん》に、弁慶《べんけい》という強《つよ》い坊《ぼう》さんがありました。この弁慶《べんけい》は生《う》まれる前《まえ》おかあさんのおなかに十八|箇月《かげつ》もいたので、生《う》まれるともう三つぐらいの子供《こども》の大きさがあって、髪《かみ》の毛《け》がもじゃもじゃ生《は》えて、大きな歯《は》がにょきんと出ていました。そしてずんずん口をききました。
「ああ、明《あか》るい。」
 はじめておかあさんのおなかからとび出《だ》したとき、こういっていきなりちょこちょこと歩《ある》き出《だ》したそうです。おとうさんは気味《きみ》をわるがって、大きくなるとすぐ、お寺《てら》へやってしまいました。お寺《てら》へやられても、生《う》まれつきたいそう気《き》のあらい上に、この上なく力《ちから》が強《つよ》いので、すこし気《き》にくわないことがあると、ほかの坊《ぼう》さんをぶちました。ぶたれて死《し》んだ坊《ぼう》さんもありました。みんなは弁慶《べんけい》というと、ふるえ上《あ》がってこわがっていました。
 そのうちに比叡山《ひえいざん》の西塔《さいとう》の武蔵坊《むさしぼう》というお寺《てら》の坊《ぼう》さんが亡《な》くなりますと、弁慶《べんけい》は勝手《かって》にそこに入《はい》りこんで、西塔《さいとう》の武蔵坊弁慶《むさしぼうべんけい》と名《な》のりました。
 ある時《とき》弁慶《べんけい》はおもいました。
「宝《たから》はなんでも千という数《かず》をそろえて持《も》つものだそうた。奥州《おうしゅう》の秀衡《ひでひら》はいい馬《うま》を千|疋《びき》と、鎧《よろい》を千りょうそろえて持《も》っている。九州《きゅうしゅう》の松浦《まつうら》の太夫《たゆう》は弓《ゆみ》を千ちょうとうつぼを千|本《ぼん》そろえてもっている。おれも刀《かたな》を千|本《ぼん》そろえよう。都《みやこ》へ出て集《あつ》めたら、千|本《ぼん》くらいわけなくできる。」
 こう考《かんが》えて、弁慶《べんけい》は黒糸《くろいと》おどしの鎧《よろい》の上に墨《すみ》ぞめの衣《ころも》を着《き》て、白《しろ》い頭巾《ずきん》をかぶり、なぎなたを杖《つえ》について、毎晩《まいばん》五条《ごじょう》の橋《は
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