「どうだ、まいったか。」
といいました。
弁慶《べんけい》はくやしがって、はね起《お》きようとしましたが、重《おも》い石《いし》で押《おさ》えられたようにちっとも動《うご》かれないので、うんうんうなっていました。牛若《うしわか》は背中《せなか》の上で、
「どうだ、降参《こうさん》しておれの家来《けらい》になるか。」
といいました。弁慶《べんけい》は閉口《へいこう》して、
「はい、降参《こうさん》します。御家来《ごけらい》になります。」
と答《こた》えました。
「よしよし。」
と牛若《うしわか》はいって、弁慶《べんけい》をおこしてやりました。弁慶《べんけい》は両手《りょうて》を地《ち》について、
「わたくしはこれまでずいぶん強《つよ》いつもりでいましたが、あなたにはかないません。あなたはいったいどなたです。」
といいました。牛若《うしわか》はいばって、
「おれは牛若《うしわか》だ。」
といいました。
弁慶《べんけい》はおどろいて、
「じゃあ、源氏《げんじ》の若君《わかぎみ》ですね。」
といいました。
「うん、佐馬頭義朝《さまのかみよしとも》の末子《ばっし》だ。お前《まえ》はだれだ。」
「どうりでただの人ではないと思《おも》いました。わたしは武蔵坊弁慶《むさしぼうべんけい》というものです。あなたのようなりっぱな御主人《ごしゅじん》を持《も》てば、わたしも本望《ほんもう》です。」
といいました。
これで牛若《うしわか》と弁慶《べんけい》は、主従《しゅじゅう》のかたい約束《やくそく》をいたしました。
四
牛若《うしわか》は間《ま》もなく元服《げんぷく》して、九郎義経《くろうよしつね》と名《な》のりました。そしてにいさんの頼朝《よりとも》をたすけて、平家《へいけ》をほろぼしました。
弁慶《べんけい》は義経《よしつね》といっしょに度々《たびたび》戦《いくさ》に出て手柄《てがら》をあらわしました。後《のち》に義経《よしつね》が頼朝《よりとも》と仲《なか》が悪《わる》くなって、奥州《おうしゅう》へ下《くだ》った時《とき》も、しじゅう義経《よしつね》のお供《とも》をして忠義《ちゅうぎ》をつくしました。そしておしまいに奥州《おうしゅう》の衣川《ころもがわ》というところで、義経《よしつね》のために討《う》ち死《じ》にをしました。その時《とき》体《からだ》じゅうに矢《や》を受《う》けながら、じっと立《た》って敵《てき》をにらみつけたまま死《し》んでいたので、弁慶《べんけい》の立《た》ち往生《おうじょう》だといって、みんなおどろきました。
底本:「日本の英雄伝説」講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年6月10日第1刷発行
※「僧正ガ谷」の「ガ」は底本では小書きになっています。
入力:鈴木厚司
校正:今井忠夫
2004年1月6日作成
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