くない顔をして、ふさぎこんでばかりいました。
その様子《ようす》を見ると、乙姫《おとひめ》さまは心配《しんぱい》して、
「浦島さん、ご気分でもおわるいのですか」
とおききになりました。浦島はもじもじしながら、
「いいえ、そうではありません。じつはうちへ帰りたくなったものですから」
といいますと、乙姫さまはきゅうに、たいそうがっかりした様子をなさいました。
「まあ、それはざんねんでございますこと。でもあなたのお顔をはいけんいたしますと、この上おひきとめ申しても、むだのようにおもわれます。ではいたし方《かた》ございません、行っていらっしゃいまし」
こうかなしそうにいって、乙姫さまは、奥《おく》からきれいな宝石《ほうせき》でかざった箱《はこ》を持っておいでになって、
「これは玉手箱《たまてばこ》といって、なかには、人間のいちばんだいじなたからがこめてございます。これをおわかれのしるしにさし上げますから、お持ちかえりくださいまし。ですが、あなたがもういちどりゅう[#「りゅう」に傍点]宮《ぐう》へ帰ってきたいとおぼしめすなら、どんなことがあっても、けっしてこの箱をあけてごらんになってはいけません」
と、くれぐれもねんをおして、玉手箱《たまてばこ》をおわたしになりました。浦島は、
「ええ、ええ、けっしてあけません」
といって、玉手箱をこわきにかかえたまま、りゅう[#「りゅう」に傍点]宮《ぐう》の門を出ますと、乙姫《おとひめ》さまは、またおおぜいの腰元《こしもと》をつれて、門のそとまでお見送りになりました。
もうそこには、れいのかめがきて待っていました。
浦島はうれしいのとかなしいのとで、胸《むね》がいっぱいになっていました。そしてかめの背中《せなか》にのりますと、かめはすぐ波《なみ》を切って上がって行って、まもなくもとの浜べにつきました。
「では浦島さん、ごきげんよろしゅう」
と、かめはいって、また水のなかにもぐって行きました。浦島はしばらく、かめの行《ゆ》くえを見送っていました。
四
浦島は海ばたに立ったまま、しばらくそこらを見まわしました。春の日がぽかぽかあたって、いちめんにかすんだ海の上に、どこからともなく、にぎやかな舟うたがきこえました。それは夢《ゆめ》のなかで見たふるさとの浜べの景色《けしき》とちっともちがったところはありませんでした。けれどよく見ると、そこらの様子《ようす》がなんとなくかわっていて、あう人もあう人も、いっこうに見知らない顔ばかりで、むこうでもみょうな顔をして、じろじろ見ながら、ことばもかけずにすまして行ってしまいます。
「おかしなこともあるものだ。たった三年のあいだに、みんなどこかへ行ってしまうはずはない。まあ、なんでも早くうちへ行ってみよう」
こうひとりごとをいいながら、浦島はじぶんの家の方角《ほうがく》へあるき出しました。ところが、そことおもうあたりには草やあし[#「あし」に傍点]がぼうぼうとしげって、家なぞはかげもかたちもありません。むかし家の立っていたらしいあとさえものこってはいませんでした。いったい、おとうさんやおかあさんはどうなったのでしょうか。浦島は、
「ふしぎだ。ふしぎだ」
とくり返しながら、きつねにつままれたような、きょとんとした顔をしていました。
するとそこへ、よぼよぼのおばあさんがひとり、つえにすがってやってきました。浦島はさっそく、
「もしもし、おばあさん、浦島太郎のうちはどこでしょう」
と、声をかけますと、おばあさんはけげんそうに、しょぼしょぼした目で、浦島の顔をながめながら、
「へえ、浦島太郎。そんな人はきいたことがありませんよ」
といいました。浦島はやっきとなって、
「そんなはずはありません。たしかにこのへんに住んでいたのです」
といいました。
そういわれて、おばあさんは、
「はてね」と、首《くび》をかしげながら、つえでせいのびしてしばらくかんがえこんでいましたが、やがてぽんとひざをたたいて、
「ああ、そうそう、浦島太郎さんというと、あれはもう三百年も前の人ですよ。なんでも、わたしが子どものじぶんきいた話に、むかし、むかし、この水《みず》の江《え》の浜に、浦島太郎という人があって、ある日、舟にのってつりに出たまま、帰ってこなくなりました。たぶんりゅう[#「りゅう」に傍点]宮《ぐう》へでも行ったのだろうということです。なにしろ大昔《おおむかし》の話だからね」
こういって、また腰《こし》をかがめて、よぼよぼあるいて行ってしまいました。
浦島はびっくりしてしまいました。
「はて、三百年、おかしなこともあるものだ。たった三年りゅう[#「りゅう」に傍点]宮にいたつもりなのに、それが三百年とは。するとりゅう[#「りゅう」に傍点]宮《ぐう》の三年は、人間の三百
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