ない》しました。たい[#「たい」に傍点]や、ひらめ[#「ひらめ」に傍点]やかれい[#「かれい」に傍点]や、いろいろのおさかなが、ものめずらしそうな目で見ているなかをとおって、はいって行きますと、乙姫《おとひめ》さまがおおぜいの腰元《こしもと》をつれて、お迎《むか》えに出てきました。やがて乙姫《おとひめ》さまについて、浦島はずんずん奥《おく》へとおって行きました。めのう[#「めのう」に傍点]の天井《てんじょう》にさんご[#「さんご」に傍点]の柱、廊下《ろうか》にはるり[#「るり」に傍点]がしきつめてありました。こわごわその上をあるいて行きますと、どこからともなくいいにおいがして、たのしい楽《がく》の音《ね》がきこえてきました。
 やがて、水晶《すいしょう》の壁《かべ》に、いろいろの宝石《ほうせき》をちりばめた大広間《おおひろま》にとおりますと、
「浦島さん、ようこそおいでくださいました。先日はかめのいのちをお助《たす》けくださいまして、まことにありがとうございます。なんにもおもてなしはございませんが、どうぞゆっくりおあそびくださいまし」
と、乙姫さまはいって、ていねいにおじぎしました。やがて、たい[#「たい」に傍点]をかしらに、かつお[#「かつお」に傍点]だの、ふぐ[#「ふぐ」に傍点]だの、えび[#「えび」に傍点]だの、たこ[#「たこ」に傍点]だの、大小いろいろのおさかなが、めずらしいごちそうを山とはこんできて、にぎやかなお酒盛《さかもり》がはじまりました。きれいな腰元《こしもと》たちは、歌をうたったり踊《おど》りをおどったりしました。浦島はただもう夢《ゆめ》のなかで夢を見ているようでした。
 ごちそうがすむと、浦島はまた乙姫さまの案内《あんない》で、御殿《ごてん》のなかをのこらず見せてもらいました。どのおへやも、どのおへやも、めずらしい宝石でかざり立ててありますからそのうつくしさは、とても口やことばではいえないくらいでした。ひととおり見てしまうと、乙姫《おとひめ》さまは、
「こんどは四季のけしきをお目にかけましょう」
といって、まず、東の戸をおあけになりました。そこは春のけしきで、いちめん、ぼうっとかすんだなかに、さくらの花が、うつくしい絵のように咲き乱《みだ》れていました。青青《あおあお》としたやなぎの枝《えだ》が風になびいて、そのなかで小鳥がないたり、ちょうちょうが舞《ま》ったりしていました。
 次に、南の戸をおあけになりました。そこは夏のけしきで、垣根《かきね》には白いう[#「う」に傍点]の花が咲いて、お庭の木の青葉《あおば》のなかでは、せみやひぐらし[#「ひぐらし」に傍点]がないていました。お池には赤と白のはすの花が咲いて、その葉の上には、水晶《すいしょう》の珠《たま》のように露《つゆ》がたまっていました。お池のふちには、きれいなさざ波《なみ》が立って、おしどり[#「おしどり」に傍点]やかも[#「かも」に傍点]がうかんでいました。
 次に西の戸をおあけになりました。そこは秋のけしきで花壇《かだん》のなかには、黄ぎく、白《しら》ぎくが咲き乱れて、ぷんといいかおりを立てました。むこうを見ると、かっともえ立つようなもみじの林の奥《おく》に、白い霧《きり》がたちこめていて、しかのなく声がかなしくきこえました。
 いちばんおしまいに、北の戸をおあけになりました。そこは冬のけしきで、野には散《ち》りのこった枯葉《かれは》の上に、霜《しも》がきらきら光っていました。山から谷にかけて、雪がまっ白に降り埋《うず》んだなかから、柴《しば》をたくけむりがほそぼそとあがっていました。
 浦島は何を見ても、おどろきあきれて、目ばかり見はっていました。そのうちだんだんぼうっとしてきて、お酒に酔《よ》った人のようになって、何もかもわすれてしまいました。


     三

 毎日おもしろい、めずらしいことが、それからそれとつづいて、あまりりゅう[#「りゅう」に傍点]宮がたのしいので、なんということもおもわずに、うかうかあそんでくらすうち、三年の月日がたちました。
 三年めの春になったとき、浦島はときどき、ひさしくわすれていたふるさとの夢《ゆめ》を見るようになりました。春の日のぽかぽかあたっている水《みず》の江《え》の浜べで、りょうしたちがげんきよく舟うたをうたいながら、網《あみ》をひいたり舟をこいだりしているところを、まざまざと夢に見るようになりました。浦島はいまさらのように、
「おとうさんや、おかあさんは、いまごろどうしておいでになるだろう」
と、こうおもい出すと、もう、いても立ってもいられなくなるような気がしました。なんでも早くうちへ帰りたいとばかりおもうようになりました。ですから、もうこのごろでは、歌をきいても、踊《おど》りを見ても、おもしろ
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