も穴《あな》の中に閉《と》じこめられた話は聞いたが、でもそれは「話」であるが、このほうは真実《しんじつ》であった。いよいよそれが、どういうことであるか、すっかりわかると、もう回りの人の話なんぞは耳にはいらなかった。わたしはぼんやりした。
 また沈黙《ちんもく》が続《つづ》いた。みんなは考えにしずんでいた。そんなふうにして、どのくらいいたか知らないが、ふとさけび声が聞こえた。
「ポンプが動いている」
 これはいっしょの声で言われた。いまわたしたちの耳に当たった音は、電流でさわられでもしたように感じた。わたしたちはみんな立ち上がった。ああ、われわれは救《すく》われよう。
 カロリーはわたしの手を取って固《かた》くにぎりしめた。
「きみはいい人だ」とかれは言った。
「いいや、きみこそ」とわたしは答えた。
 でもかれはわたしがいい人であることをむちゅうになって主張《しゅちょう》した。かれの様子は酒に酔《よ》っている人のようであった。またまったくそうであった。かれは希望《きぼう》に酔《よ》っていたのだ。
 けれどわたしたちは空に美しい太陽をあおぎ、地に楽しく歌う小鳥の声を聞くまでに、長いつらい苦
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