たしたちは手に温《あたた》かいしずくの落ちるのを感じた。それはカロリーであった……かれはだまって泣《な》いていた。ふとそのとき引きさかれるようなさけび声が聞こえた。
「マリウス。ああ、せがれのマリウス」
空気は息苦しく重かった。わたしは息がつまるように感じた。耳のはたにぶつぶついう音がした、わたしはおそろしかった。水も、やみも、死も、おそろしかった。沈黙《ちんもく》がわたしを圧迫《あっぱく》した。
わたしたちの避難所《ひなんじょ》のでこぼこした、ぎざぎざなかべが、いまにも落ちて、その下におしつぶされるような気がしてこわかった。わたしはもう二度とリーズに会うことができないであろう。アーサにも、ミリガン夫人《ふじん》にも、それから好《す》きなマチアにも。
みんなはあの小さいリーズにわたしの死んだことを了解《りょうかい》させることができるであろうか。かの女の兄たちや姉《あね》さんからの便《たよ》りをつい持って行ってやることができなかったことを了解させることができようか。それから気のどくなバルブレンのおっかあは……。
「どうもおれの考えでは、だれもおれたちを救《すく》うくふうはしていない
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