《こうまん》らしく言った。
 それは真実《しんじつ》ではあったが、その真実はずっとうそのほうに近かった。わたしの一座はたったカピ一人だけだった。
「おお、きみはそんなら……」とマチアが言った。
「なんだい」
「きみの一座《いちざ》にぼくを入れてくれないか」
 かれをあざむくにしのびないので、わたしはにっこりしてカピを指さした。
「でも一座はこれだけだよ」とわたしは言った。
「ああ、なんでもかまうものか。ぼくがもう一人の仲間《なかま》になろう。まあどうかぼくを捨《す》てないでくれたまえ。ぼくは腹《はら》が減《へ》って死んでしまう」
 腹が減って死ぬ。このことばがわたしのはらわたの底《そこ》にしみわたった。腹が減って死ぬということがどんなことだか、わたしは知っている。
「ぼくはヴァイオリンをひくこともできるし、でんぐり返しをうつこともできる」と、マチアがせかせか息もつかずに言った。「なわの上でおどりもおどれるし、歌も歌える。なんでもきみの好《す》きなことをするよ。きみの家来にもなる。言うことも聞く。金をくれとは言わない。食べ物だけあればいい。ぼくがまずいことをしたらぶってもいい。それはやくそくしておく。ただたのむことは頭をぶたないでくれたまえ。これもやくそくしておいてもらわなければならない。なぜならぼくの頭はガロフォリがひどくぶってから、すっかりやわらかくなっているのだ」
 わたしはかわいそうなマチアが、そんなことを言うのを聞くと、声を上げて泣《な》きだしたくなった。どうしてわたしはかれを連《つ》れて行くことをこばむことができよう。腹《はら》が減《へ》って死ぬというのか。でも、わたしといっしょでも、やはり腹が減って死ぬかもしれない場合がある――わたしはそうかれに言ったが、かれは聞き入れようともしなかった。
「ううん、ううん」とかれは言った。「二人いれば飢《う》え死《じ》にはしない。一人が一人を助けるからね。持っている者が持っていない者にやれるのだ」
 わたしはもうちゅうちょしなかった。わたしがすこしでも持っていれば、わたしはかれを助けなければならない。
「うん、よし、それでわかった」とわたしは言った。
 そう言うと、かれはわたしの手をつかんで、心から感謝《かんしゃ》のキッスをした。
「ぼくといっしょに来たまえ」とわたしは言った。「家来ではなく、仲間《なかま》になろう」

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