》通りの本屋へ行けば、それの得《え》られることを知っていたので、わたしは川のほうへ足を向けた。やっとわたしは十五スーで、ずいぶん黄色くなった地図を見つけた。
 わたしはそれでパリを去ることができるのであった。すぐわたしはそれをすることに決めた。わたしは二つの道の一つを選《えら》ばなければならなかった。わたしはフォンテンブローへの道を選んだ。リュウ・ムッフタールの通りへ来かかると、山のような記憶《きおく》が群《むら》がって起こった。ガロフォリ、マチア、リカルド、錠前《じょうまえ》のかかったスープなべ、むち、ヴィタリス老人《ろうじん》、あの気のどくな善良《ぜんりょう》な親方。わたしをこじきの親分へ貸《か》すことをきらったために、死んだ人。
 お寺のさくの前を通ると、子どもが一人かべによっかかっているのを見た。その子はなんだか見覚《みおぼ》えがあるように思った。
 確《たし》かにそれはマチアであった。大きな頭の、大きな目の、優《やさ》しい、いじけた目つきの子どものマチアであった。けれどかれはちっとも大きくはなっていなかった。わたしはよく見るためにそばへ寄《よ》った。ああそうだ、そうだ、マチアであった。
 かれはわたしを覚《おぼ》えていた。かれの青ざめた顔はにっこり笑《わら》った。
「ああ、きみだね」とかれは言った。「きみは先《せん》に白いひげのおじいさんとガロフォリのうちへ来たね。ちょうどぼくが病院へ行こうとするまえだった。ああ、あれからぼくはどんなにこの頭でなやんだろう」
「ガロフォリはまだきみの親方なのかい」
 かれは返事をするまえにそこらを見回して、それから声をひそめて言った。
「ガロフォリは刑務所《けいむしょ》にはいっているよ。オルランドーを打ち殺《ころ》したので連《つ》れて行かれたのだ」
 わたしはこの話を聞いてぎょっとした。でもわたしはガロフォリが刑務所に入れられたと聞いてうれしかった。初《はじ》めてわたしは、あれほどおそろしいものに思いこんでいた刑務所が、これはなるほど役に立つものだと考えた。
「それでほかの子どもたちは」とわたしはたずねた。
「ああ、ぼくは知らないよ。ガロフォリがつかまったときには、ぼくはいなかった。ぼくが病院から出て来ると、ぼくは病気で、もうぶっても役に立たないと思って、あの人はわたしを手放したくなった。そこであの人はわたしを二年のあいだ
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