がら聞いた。わたしはかれに向かってマチアがいちばん仲《なか》のいい友だちであって、ずいぶん世話になっていることを話した。
「よしよし」と父親は言った。「あの子もうちにとまって、いなかを見物するがよかろう」
わたしはマチアの代わりに答えようとしたが、かれが先に口をきいた。
「それはぼくもけっこうです」とかれはさけんだ。
わたしの父親はなぜバルブレンがいっしょに来ないかとたずねた。わたしはかれにバルブレンの死んだことを告《つ》げた。かれはそれを聞いて喜《よろこ》んでいるようであった。かれはそのとおりを母親にくり返して言うと、かの女もやはり喜んでいるようであった。どうしてこの二人は、バルブレンの死んだことを喜《よろこ》んでいるのか。
「おまえは、わたしたちが十三年もおまえをたずねなかったことをふしぎに思っているかもしれない」と父親が言った。「しかも急にまた思い出したように出かけて行って、おまえを赤んぼうのじぶん拾った人を訪《たず》ねたのだからなあ」
わたしはかれに自分のたいへんおどろいたこと、それからそれまでの様子をくわしく聞きたいことを話した。
「では炉《ろ》ばたへおいで。残《のこ》らず話してあげるから」
わたしは肩《かた》から背嚢《はいのう》を下ろして、勧《すす》められたいすにこしをかけた。わたしがぬれてどろをかぶった足を炉にのばすと、祖父《そふ》はうるさい古ねこが来たというように、つんと向こうを向いてしまった。
「おかまいでない」と父親は言った。「あのじいさんはだれも火の前に来ることをいやがるのだ。けれどおまえ、寒ければかまわないよ」
わたしはこんなふうに老人《ろうじん》に対して口をきくのを聞いてびっくりした。わたしはいすの下に足を引っこめた。そのくらいな心づかいはしなければならなとわたしは考えた。
「おまえはこれからわたしの総領《そうりょう》むすこだ」と父親が言った。「母さんと結婚《けっこん》して一年たっておまえは生まれたのさ。わたしがいまの母さんと結婚《けっこん》するとき、そのまえからてっきり自分と結婚するものと思っていたある若《わか》いむすめがもう一人あった。それが結婚のできなかったくやしまぎれに、生まれて六|月《つき》目のおまえをぬすみ出して行った。わたしたちはほうぼうおまえを探《さが》したが、パリより遠くへはどうにも行けなかった。わたしたちはおま
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