ました」
こう言ってわたしは背嚢《はいのう》から人形を出して、リーズのおとなりのいすにのせた。そのときのかの女の目つきをわたしはけっして忘《わす》れることはできない。
バルブレン
パリへ行くのを急ぎさえしなかったら、わたしはリーズの所にしばらく足を止めていたであろう。わたしたちはおたがいにあれほどたくさん言うことがあって、しかもおたがいのことばではずいぶんわずかしか言えなかった。かの女は手まねでおじさんとおばさんがどんなに優《やさ》しく自分にしてくれるか、船に乗るのがどんなにおもしろいかということを話した。わたしはかの女にアルキシーの働《はたら》いている鉱山《こうざん》で危《あぶ》なく死にかけたこと、わたしのうちの者がわたしを探《さが》していることを話した。それがためパリへも急いで行かなければならないし、エチエネットの所へ会いに行くことができなくなったことを話した。
もちろん話は、たいていお金持ちらしいわたしのうちのことであった。そうしてお金ができたときに、わたしのしようと思ういろいろなことであった。わたしはかの女の父親と、兄《あに》さんや姉《あね》さんたちをとりわけかの女を幸福にしてやりたいと思った。リーズはマチアとちがってそれを喜《よろこ》んでいた。かの女はお金さえあれば、たいへん幸福になるにちがいないと信《しん》じきっていた。だってかの女の父親はただ借金《しゃっきん》を返すお金さえあったなら、あんな不幸《ふこう》な目に会わなかったにちがいないではないか。
わたしたちはみんなで――リーズとマチアとわたしと三人に、人形とカピまでお供《とも》に連《つ》れて、長い散歩《さんぽ》をした。わたしはこの五、六日ひじょうに幸福であった。夕方まだあまりしめっぽくならないうちは家の前に、それからきりが深くなってからは炉《ろ》の前にすわった。わたしはハープをひいて、マチアはヴァイオリンかコルネをやった。リーズはハープを好《す》いていたので、わたしはたいへん得意《とくい》になった。時間がたって、わたしたちが別々《べつべつ》にねどこへ行かなければならないときになると、わたしは、かの女のためにナポリ小唄《こうた》をひいて歌った。
でもわたしたちはまもなく別《わか》れて別《べつ》の道を行かなければならなかった。わたしはかの女にじき帰って来ると言った。かの女に残《の
前へ
次へ
全163ページ中101ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング