ね。おまえはいつも人をびっくりさせることが好《す》きだったから」
 いよいよそのしゅんかんが来た。
「牛小屋はルセットがいなくなってから、そのままになっているの」とわたしはたずねた。
「いいえ。あすこにはこのごろまきがはいっているよ」
 そうかの女が言うころには、わたしたちはもう牛小屋に着いていた。わたしはドアをおし開けた。するとさっそくおなかの減《へ》っていた雌牛《めうし》が「もう」と鳴きだした。
「雌牛だよ。まあ、牛小屋に雌牛がさ」とバルブレンのおっかあがさけんだ。
 マチアとわたしはぷっとふき出した。
「これも不意討《ふいう》ちさ」とわたしがさけんだ。「でもきくいもよりかずっといいでしょう」
 かの女はぽかんとした顔をして、わたしをながめた。
「ええ、これがおくり物ですよ。ぼくはあの小さな迷子《まいご》の子どもに、あれほど優《やさ》しくしてくれたおっかあの所へ、空《から》っ手《て》では帰れなかった。これがルセットの代わりです。マチアとぼくとでもうけたお金でそれを買って来たのです」
「まあ、ねえ」とかの女はさけんで、わたしたち二人にキッスした。
 かの女はいまおくり物を検査《けんさ》するために、小屋の中へはいって行った。一つ一つ見つけては、かの女は歓喜《かんき》のさけび声を立てた。
「なんというりっぱな雌牛《めうし》でしょうね」とかの女はさけんだ。しばらくするとかの女はとつぜんふり向いた。
「まあおまえ、いまではきっとたいしたお金持ちなんだね」
「お金持ちですとも」とマチアが笑《わら》った。「ぼくたちはかくしに五十八スー残《のこ》っています」
 わたしは乳《ちち》おけを取りにうちへかけて行った。そしてうちの中にいるあいだにバターと卵《たまご》と麦粉《むぎこ》を食卓《しょくたく》が上にならべて、それから小屋までかけてもどった。乳おけに美しいあわの立つ乳が七分目まであふれているのを見たときに、どんなにかの女は喜《よろこ》んだであろう。
 それからかの女は食卓の上にどら焼《や》きをこしらえる仕度のできあがっているのを見ると、また大喜びをした。そのどら焼きを死ぬほど食べたがっている人がいるのだとわたしは言った。
「ではおまえさんたちはバルブレンさんがパリへ行ったことを知っていたにちがいないね」とかの女は言った。わたしはそこで、それを知ったわけを話した。
「どうしてあの人
前へ 次へ
全163ページ中96ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング