たしたちはそこで、どのくらい金を持っているか、それをどうしてもうけたかということ、それからわたしが子どものとき世話になったシャヴァノン村のバルブレンのおっかあにおくり物をしておどろかせるつもりだということを話した。かれはするとひじょうに親切らしい熱心《ねっしん》を顔に見せて、あした七時に市場へ行って会おうとやくそくした。それでお礼はと言って聞くと、かれはまるっきりそんな物を受け取ることをこばんだ。そして笑いながらわたしたちを送り出して、その時間にはきっと市場へ行くようにと言った。
 そのあくる日夜明けから町はごたごたにぎわっていた。わたしたちのとまっている部屋《へや》から、馬車や荷車が下の往来《おうらい》のごろごろした石の上をきしって行くのが聞こえた。雌牛《めうし》はうなるし、ひつじは鳴く。百姓《ひゃくしょう》は家畜《かちく》にどなりつけたり、てんでんにじょうだんを言い合ったりしていた。
 わたしたちはいきなり頭から着物をひっかぶって、六時には市場に着いた。獣医《じゅうい》が来るまえに、選《よ》り取っておこうと思ったからである。
 なんという美しい雌牛《めうし》であろう……いろんな色、いろんな形をしていた。太ったのもあれば、やせたのもあり、子牛を連《つ》れたのもあった。馬もいたし、大きな太ったぶたは地べたに穴《あな》をほっていた。小さなぽちゃぽちゃした赤んぼうのぶたは、いまにも生きながら皮をはがれでもするようにぶうぶう鳴いていた。
 でもわたしたちは雌牛《めうし》よりほかには目にははいらなかった。それはみんな落ち着いて、おとなしく草を食べていた。かれらはまぶたをばちばち動かすだけで、わたしたちがしつっこく検査《けんさ》するままに任《まか》せていた。一時間もかかって調べたのち、わたしたちは十七頭気にいったのを見つけた。その一つ一つにちがった特質《とくしつ》があった。色の赤いのもあったし、白いのもあった。もちろんそんなことがいちいちマチアとわたしとの間に議論《ぎろん》をひき起こした。やがて獣医《じゅうい》がやって来た。わたしたちは好《す》きな雌牛《めうし》をかれに見せた。
「ぼくはこれがいいと思います」とマチアは白い雌牛を指さしながら言った。
「ぼくはあのほうがいいと思います」とわたしは赤い雌牛を指さして言った。
 獣医《じゅうい》はしかしその両方の前を知らん顔で通り過
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