で相手《あいて》の返事をするのをおたがいに待たないのであった。ガスパールおじさんはかれらの変《へん》な様子には気がつかないようであった。この人たちは気がちがったのではないかしら。それだとどうしよう。
 ふと、わたしは明かりをつけようと思った。油を倹約《けんやく》するため、わたしたちはぜひ入り用なときだけ明かりをつけることにしていたのである。
 明かりを見ると、はたしてかれらはやっと意識《いしき》をとりもどしたらしかった。わたしはかれらのために水を取りに行った。もういつかしら水はずんずん引いていた。
 しばらくしてかれらはまたみょうなふうに話をしだした。わたし自身も心持ちがなんだかぼんやりとりとめなく乱《みだ》れていた。いく時間も、あるいはいく日も、わたしたちはおたがいにとんきょうなふうでおしゃべりをし続《つづ》けていた。そののちしばらくするとわたしたちは落ち着いた。で、ベルグヌー[#「ベルグヌー」は底本では「ベリグヌー」]は、いよいよ死ぬなら、そのまえにわれわれは書置《かきお》きを残《のこ》して行こうと言った。
 わたしたちはまたランプをつけた。ベルグヌーがみんなのために代筆《だいひつ》した。そしててんでんがその紙に署名《しょめい》をした。わたしは犬とハープをマチアにやることにした。アルキシーにはリーズの所へ行って、わたしの代わりにかの女にキッスをしてチョッキのかくしにはいっている干《ひ》からびたばらの花を送ってもらいたいという希望《きぼう》を書いた。ああ、なつかしいリーズ……。
 しばらくしてわたしはまた土手をすべり下りた。すると水が著《いちじる》しく減《へ》っているのを見た。わたしは急いで仲間《なかま》の所へかけもどって、もうはしご段《だん》の所まで泳いで行けること、それから救助《きゅうじょ》に来た人たちにどの方角ににげていいか聞くことができると告《つ》げた。「先生」はわたしの行くことを止めた。けれどわたしは言い張《は》った。
「行っといで、ルミ。おれの時計をやるぞ」とガスパールおじさんがさけんだ。
 「先生」はしばらく考えて、わたしの手を取った。
「まあおまえの考えどおりやってごらん」とかれは言った。「おまえは勇気《ゆうき》がある。わたしはおまえができそうもないことをやりかけているとは思うが、そのできそうもないことが案外《あんがい》成功《せいこう》することは、
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