たしたちは手に温《あたた》かいしずくの落ちるのを感じた。それはカロリーであった……かれはだまって泣《な》いていた。ふとそのとき引きさかれるようなさけび声が聞こえた。
「マリウス。ああ、せがれのマリウス」
空気は息苦しく重かった。わたしは息がつまるように感じた。耳のはたにぶつぶついう音がした、わたしはおそろしかった。水も、やみも、死も、おそろしかった。沈黙《ちんもく》がわたしを圧迫《あっぱく》した。
わたしたちの避難所《ひなんじょ》のでこぼこした、ぎざぎざなかべが、いまにも落ちて、その下におしつぶされるような気がしてこわかった。わたしはもう二度とリーズに会うことができないであろう。アーサにも、ミリガン夫人《ふじん》にも、それから好《す》きなマチアにも。
みんなはあの小さいリーズにわたしの死んだことを了解《りょうかい》させることができるであろうか。かの女の兄たちや姉《あね》さんからの便《たよ》りをつい持って行ってやることができなかったことを了解させることができようか。それから気のどくなバルブレンのおっかあは……。
「どうもおれの考えでは、だれもおれたちを救《すく》うくふうはしていないらしい」とガスパールおじさんはとうとう沈黙《ちんもく》を破《やぶ》って言った。「ちっとも音が聞こえない」
「おまえさん、仲間《なかま》のことをどうしてそんなふうに考えられるかね」と「先生」は熱《あつ》くなってさけんだ。「いつの鉱山《こうざん》の椿事《ちんじ》でも、仲間《なかま》がおたがいに助け合わないことはなかった。一人の坑夫《こうふ》のことだって、あの二十人百人の仲間《なかま》がけっして見殺《みごろ》しにはしないじゃないか。おまえさん、それはよく知っているくせに」
「それはそうだよ」とガスパールおじさんがつぶやいた。
「思いちがいをしてはいけないよ。みんなもこちらへ近寄《ちかよ》ろうとしていっしょうけんめいやっているのだ。それには二つしかたがある……一つはこのおれたちのいる下まで、トンネルをほるのだ。もう一つは水を干《ほ》すのだ」
人びとはその仕事を仕上げるにどのくらいかかるかというとりとめのない議論《ぎろん》を始めた。結局《けっきょく》少《すく》なくともこの墓《はか》の中にこの後八日ははいっていなければならないことに意見が一致《いっち》した。八日。わたしも坑夫《こうふ》が二十四日
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