ずにおかないような声で言った。
「しっかりしろ。みんな、ここにしばらくいるうちに、仕事をしなければならない。こんなふうにみんなごたごた固《かた》まっていても、しかたがない。ともかくからだを落ち着ける穴《あな》をほらなければならない」
 かれのことばはみんなを落ち着かせた。てんでに手やランプのかぎで土をほり始めた。この仕事は困難《こんなん》であった。なにしろわたしたちがかくれた竪坑《たてこう》はひどい傾斜《けいしゃ》になっていて、むやみとすべった。しかも足をふみはずせば下は一面の水で、もうおしまいであった。
 でもどうやらやっと足だまりができた。わたしたちは足を止めて、おたがいの顔を見ることができた。みんなで七人、「先生」とガスパールおじさんに、三人の坑夫のパージュ、コンプルー、ベルグヌー、それからカロリーという車おしのこぞう、それにわたしであった。
 鉱山の物音は同じはげしさで続《つづ》いた。このおそろしいうなり声を説明《せつめい》することばはなかった。いよいよわれわれの最後《さいご》のときが来たように思われた。恐怖《きょうふ》に気がくるったようになって、わたしたちはおたがいに探《さぐ》るように相手《あいて》の顔を見た。
「鉱山の悪霊《あくりょう》が復《ふく》しゅうをしたのだ」と一人がさけんだ。
「上の川に穴《あな》があいて、水がはいって来たのでしょう」とわたしはこわごわ言ってみた。
「先生」はなにも言わなかった。かれはただ肩《かた》をそびやかした。それはあたかもそういうことはいずれ昼間くわの木のかげで、ねぎでも食べながら論《ろん》じてみようというようであった。
「鉱山《こうざん》の悪霊《あくりょう》なんというのはばかな話だ」とかれは最後《さいご》に言った。「鉱山に洪水《こうずい》が来ている。それは確《たし》かだ。だがその洪水がどうして起こったかここにいてはわからない……」
「ふん、わからなければだまっていろ」とみんながさけんだ。
 わたしたちはかわいた土の上にいて、水がもう寄《よ》せて来ないので、すっかり気が強くなり、だれも老人《ろうじん》に耳をかたむけようとする者がなかった。さっき危険《きけん》の場合に示《しめ》した冷静沈着《れいせいちんちゃく》のおかげで、急にかれに加わった権威《けんい》はもう失《うしな》われていた。
「われわれはおぼれて死ぬことはないだろう」
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