は、飢《う》えて死ぬことはないはずだ。
 それにうちの雌牛は、なにより仲《なか》よしのお友だちであった。わたしたちが話をしたり、その背中《せなか》をさすってキッスをしてやったりすると、それはよく聞き分けて、優《やさ》しい目でじっと見た。つまりわたしたちはおたがいに愛《あい》し合っていたと言えば、それでじゅうぶんだ。
 けれどもいまはその雌牛《めうし》とも、わたしたちは別《わか》れなければならなかった。『雌牛を売る』それでなければ、もうご亭主《ていしゅ》を満足《まんぞく》させることはできなかった。
 そこでばくろう(馬売買の商人)がやって来て、細かく雌牛のルセットをいじくり回した。いじくり回しながらしじゅう首をふって、これはまるで役に立たない。乳《ちち》も出ないしバターも取れないと、さんざんなんくせをつけておいて、つまり引き取るには引き取るが、それもおっかあが正直な、いい人で気のどくだから、引き取ってやるのだというのであった。
 かわいそうに、ルセットも、自分がどうされるかさとったもののように、牛小屋から出るのをいやがって鳴き始めた。
「後ろへ回って、たたき出せ」とばくろうはわたしに言っ
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