すかぎりヒースやえにしだ[#「えにしだ」に傍点]のほか、ろくにしげるもののない草原で、そのあれ地を行きつくすと、がさがさした砂地《すなじ》の高原で、風にふきたわめられたやせ木立ちが、所どころひょろひょろと、いじけてよじくれたえだをのばしているありさまだった。
そんなわけで、木らしい木を見ようとすると、丘《おか》を見捨《みす》てて谷間へと下りて行かねばならぬ。その谷川にのぞんだ川べりにはちょっとした牧草《ぼくそう》もあり、空をつくようなかしの木や、ごつごつしたくりの木がしげっていた。
その谷川の早い瀬《せ》の末《すえ》がロアール川の支流《しりゅう》の一つへ流れこんで行く、その岸の小さな家で、わたしは子どもの時代を送った。
八つの年まで、わたしはこの家で男の姿《すがた》というものを見なかった。そのくせ、『おっかあ』と呼《よ》んでいた人はやもめではなかった。夫《おっと》というのは石工《いしく》であったが、このへんのたいていの労働者《ろうどうしゃ》と同様パリへ仕事に行っていて、わたしが物心《ものごころ》ついてこのかた、つい一度も帰って来たことはなかった。ただおりふしこの村へ帰って来る仲間
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