あくる日になると、いよいよわたしは心配でおどおどしながら、芝居《しばい》をするはずのさかり場まで行列を作って行った。
 親方が先に立って行った。背《せい》の高いかれは首をまっすぐに立て、胸《むね》を前へつき出して、おもしろそうにふえでワルツをふきながら、手足で拍子《ひょうし》をとって行った。その後ろにカピが続《つづ》いた。イギリスの大将《たいしょう》の軍服《ぐんぷく》をまねた金モールでへりをとった赤い上着を着、鳥の羽根《はね》でかざったかぶとをかぶったジョリクールがその背中《せなか》にいばって乗っていた。
 ゼルビノとドルスが、ほどよくはなれてそのあとに続いた。
 わたしがしんがりを務《つと》めていた。わたしたちの行列は親方の指図どおり適当《てきとう》な間をへだてて進んだので、かなり人目に立つ行列になった。
 なによりも親方のふくするどいふえの音《ね》にひかれて、みんなうちの中からかけ出して来た。とちゅうの家の窓《まど》という窓はカーテンが引き上げられた。
 子どもたちの群《む》れがあとからかけてついて来た。やがて広場に着いたじぶんには、わたしたちの行列に、はるか多い見物の行列がつながって、たいした人だかりであった。
 わたしたちの芝居小屋《しばいごや》はさっそくできあがった。四本の木になわを結《むす》び回して、その長方形のまん中にわたしたちは陣取《じんど》ったのである。
 番組の第一は犬の演《えん》じるいろいろな芸当《げいとう》であった。わたしは犬がなにをしているかまるっきりわからなかった。わたしはもう心配で心配で自分の役を復習《ふくしゅう》することにばかり気を取られていた。わたしが記憶《きおく》していたことは、親方がふえをそばへ置《お》き、ヴァイオリンを取り上げて、犬のおどりに合わせてひいたことで、それはダンス曲であることもあれば、静《しず》かな悲しい調子の曲であることもあった。なわ張《ば》りの外に見物はぞろぞろ集まっている。わたしはこわごわ見回すと、数知れないひとみの光がわたしたちの上に集まっていた。
 一番の芸当《げいとう》が終わると、カピが歯の間にブリキのぼんをくわえて、お客さまがたの間をぐるぐる回りを始めた。見物の中で銭《ぜに》を入れない者があると、立ち止まって二本の前足をこのけちんぼうなお客のかくしに当てて、三度ほえて、それから前足でかくしを軽くたたいた。それを見るとみんな笑《わら》いだして、うれしがってときの声を上げた。
 じょうだんや、嘲笑《ちょうしょう》のささやきがそこここに起こった。
「どうもりこうな犬じゃないか。あいつは金を持っている人といない人を知っている」
「そら、ここに手をかけた」
「出すだろうよ」
「出すもんか」
「おじさんから遺産《いさん》をもらったくせに、けちな男だなあ」
 さてとうとう銀貨《ぎんか》が一|枚《まい》おく深《ふか》いかくしの中からほり出されて、ぼんの中にはいることになった。そのあいだ親方は一|言《ごん》もものは言わずに、カピのぼんを目で見送りながら、おもしろそうにヴァイオリンをひいた。まもなくカピが得意《とくい》らしくぼんにいっぱいお金を入れて帰って来た。
 いよいよ芝居《しばい》の始まりである。
「さてだんなさまがたおよびおくさまがたに申し上げます」
 親方は、片手《かたて》に弓《ゆみ》、片手にヴァイオリンを持って、身ぶりをしながら口上《こうじょう》を述《の》べだした。
「これより『ジョリクール氏《し》の家来。一名とんだあほうの取りちがえ』と題しまするゆかいな喜劇《きげき》をごらんにいれたてまつります。わたくしほどの芸人《げいにん》が、手前みそに狂言《きょうげん》の功能《こうのう》をならべたり、一座《いちざ》の役者のちょうちん持ちをして、自分から品《ひん》を下げるようなことはいたしませぬ。ただ一|言《ごん》申しますることは、どうぞよくよくお目止められ、お耳止められ、お手拍子《てびょうし》ごかっさいのご用意を願《ねが》っておくことだけでございます。始《はじ》まり」
 親方はゆかいな喜劇《きげき》だと言ったが、じつはだんまりの身ぶり狂言《きょうげん》にすぎなかった。それもそのはずで、立役者《たてやくしゃ》の二人まで、ジョリクールも、カピもひと言も口はきけなかったし、第三の役者のわたしもふた言とは言うことがなかった。
 けれども見物に芝居《しばい》をよくわからせるために、親方は芝居の進むにつれて、かどかどを音楽入りで説明《せつめい》した。
 そこでたとえば勇《いさ》ましい戦争《せんそう》の曲をひきながら、かれはジョリクール大将《たいしょう》が登場を知らせた。大将はインドの戦争でたびたび功名《こうみょう》を現《あらわ》して、いまの高い地位《ちい》にのぼったのである。これまで大将はカ
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