。ずいぶん骨《ほね》の折《お》れたことではあったが、その代わりご覧《らん》、あのとおりかしこくなっている。おまえも、これからいろいろの役を覚えるためにはよほど勉強が要《い》る。とにかく仕事にかかろう」
これまでわたしは仕事といえば、畑にくわを入れるとか、石を切るとか、木をかるとかいうほかにはないように思っていた。
「さてわたしたちのやる狂言《きょうげん》は、『ジョリクール氏《し》の家来、一名とんだあほうの取りちがえ』というのだ。それはこういう筋《すじ》だ。ジョリクール氏はこれまで一人家来を使っていた。それはカピという名前で、ジョリクール氏はこの家来に満足《まんぞく》していたのだが、年を取ったのでひまを取ろうとする。それでカピは主人にひまを取るまえに、代わりの家来を見つけるやくそくをする。さてその後がまの家来というのは、犬ではなくって子どもなのだ。ルミと名乗るいなかの子どもなのだ」
「やあ、ぼくと同じ名前の……」
「いや、同じ名前ではない、それがおまえなんだ。おまえはジョリクール氏《し》の所へ奉公口《ほうこうぐち》を探《さが》しにいなかから出て来たのだ」
「おさるに家来はないでしょう」
「そこが芝居《しばい》だよ。さておまえはいきなり村からとび出して来た。それでおまえの新しい主人はおまえをあほうだと思う」
「おお、ぼく、そんなこといやです」
「人が笑《わら》いさえすれば、そんなことはどうでもいいじゃないか。さておまえは初《はじ》めてこのだんなの所へ家来になってやって来た。そして食事のテーブルごしらえを言いつけられる。それ、ちょうどそこに、芝居《しばい》に使うテーブルがある。さあ、仕度におかかり」
このテーブルの上には、おさらに、コップに、ナイフが一本、フォークが一本、白いテーブルかけが一|枚《まい》置《お》いてあった。
どうしてこれだけのものをならべようか。
わたしはそれを考えて、両手をつき出してテーブルによっかかって、ぽかんと口を開けたまま、なにから手をつけていいか困っていると、親方は両手を打って、腹《はら》をかかえて笑《わら》いだした。
「うまいうまい。それこそ本物だ」とかれはさけんだ。「わたしが先《せん》に使っていた子どもは狡猾《こうかつ》そうな顔つきで、どうだ、あほうのまねはうまかろうと言わないばかりであった。おまえのはそれがいかにも自然《しぜん》でい
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