古くなって馬が着ても暖《あたた》かくなくなったようなしろものを、持って来たにちがいない。
「どこでもこんなものかしら」と、わたしはあきれてたずねた。
「なにがさ」
「子どもを置《お》く所は、どこでもこんなかしら」
「そりゃ知らないがね、きみはここへは来ないほうがいいよ」と、少年は言った。「どこかほかへ行くようにしたまえ」
「どこへ」
「ぼくは知らない。どこでもかまわない。ここよりはいいからねえ」
 どこへといって、どこへわたしは行こう。――ぼんやり当てもなしに考えこんでいると、ドアがあいて、一人の子どもが部屋《へや》の中にはいって来た。かれは小わきにヴァイオリンをかかえて、手に大きな古材木《ふるざいもく》を持っていた。わたしはガロフォリの炉《ろ》にたかれている古材木の出所と値段《ねだん》もわかったように思った。
「その木をくれよ」とマチアは子どものほうへ寄《よ》って行った。けれど子どもは材木を後ろにかくした。
「ううん」とかれは言った。
「まきにするんだからおくれよ。するとスープがおいしくにえるから」
「きみはぼくがこれをスープをにるために持って来たと思うか。ぼくはきょうたった三十六スーしかもらえなかった。だからこの材木《ざいもく》をぶたれないおまじないにするのだ。これで四スーの不足《ふそく》の代わりになるだろう」
「やっぱりやられるよ。なんの足しになるものか。順《じゅん》ぐりにやられるんだ」
 マチアはそう機械的《きかいてき》に言って、あたかもこの子どもも罰《ばっ》せられると思うのがかれに満足《まんぞく》をあたえるもののようであった。わたしはかれの優《やさ》しい悲しそうな目のうちに、険《けわ》しい目つきの表れたのを見ておどろいた。だれでも悪い人間といっしょにいると、いつかそれに似《に》てくるということは、わたしがのちに知ったことであった。
 一人一人子どもたちは帰って来た。てんでんにはいって来ると、ヴァイオリン、ハープ、ふえなど自分の楽器を寝台《ねだい》の上のくぎにかけた。音楽師《おんがくし》でなく、ただ慣《な》らしたけものの見世物をやる者は、小ねずみやぶたねずみをかごの中に入れた。
 それから重い足音がはしご段《だん》にひびいて、ねずみ色の外とうを着た小男がはいって来た。これがガロフォリであった。
 はいって来るしゅんかん、かれはわたしに目をすえて、それはいやな
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