》のすみに引っこんでいた。
そのなみだの霧《きり》の中から、わたしは、前列のこしかけにすわっていた若《わか》いおくさんがいっしょうけんめい手をたたいているのを見た。わたしはまえから、この人が一人、今夜小屋に集まった百姓《ひゃくしょう》たちとちがっていることを見つけた。かの女は若《わか》い美しい貴婦人《きふじん》で、そのりっぱな毛皮の上着だけでもこの村一番の金持ちにちがいないとわたしは思った。かの女はいっしょに子どもを連《つ》れていた。その子もむちゅうでカピにかっさいしていた。ひじょうによく似《に》ているところを見れば、それはかの女のむすこであった。
初《はじ》めの歌がすむと、カピはまたどうどうめぐりをした。ところがそのおくさんはぼうしの中になにも入れなかったのを見て、わたしはびっくりした。
親方が第二の曲をすませたとき、かの女は手招《てまね》きをしてわたしを呼《よ》んだ。
「わたし、あなたの親方さんとお話ししたいんですがね」とかの女は言った。
わたしはびっくりした。(そんなことよりもなにかぼうしの中へ入れてくれればいい)とわたしは思った。カピはもどって来た。かれは二度目のどうどうめぐりでまえよりももっとわずか集めて来た。
「あの婦人《ふじん》がなにか用があると言うのか」と親方がたずねた。
「あなたにお話がしたいそうです」
「わたしはなにも話すことなんかない」
「あの人はなにもカピにくれませんでした。きっといまそれをくれようというんでしょう」
「じゃあ、カピをやってもらわせればいい。わたしのすることではない」
そうは言いながら、かれは行くことにして、犬を連《つ》れて行った。わたしもかれらのあとに続《つづ》いた。そのとき一人の僕《ぼく》(下男)が出て来て、ちょうちんと毛布《もうふ》を持って来た。かれは婦人《ふじん》と子どものわきに立っていた。
親方は冷淡《れいたん》に婦人《ふじん》にあいさつをした。
「おじゃまをしてすみませんでした。けれどわたくし、お祝《いわ》いを申し上げたいと思いました」
でも親方は一|言《ごん》も言わずに、ただ頭を下げた。
「わたくしも音楽の道の者でございますので、あなたの技術《ぎじゅつ》の天才にはまったく感動いたしました」
技術の天才。うちの親方が。大道の歌うたい、犬使いの見世物師《みせものし》が。わたしはあっけにとられた。
「わ
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