張《ぱ》って行《い》って、もし知《し》っている者《もの》にでも逢《あ》って、盗《ぬす》んで来《き》たなぞと疑《うたが》われでもしたら、とんだ迷惑《めいわく》な目《め》にあわなければならない。ちょうどこのうちの人たちはよそへ行くところらしいから、きっと馬《うま》が入《い》り用《よう》だろう。ここらで売《う》って行《い》く方《ほう》が安心《あんしん》だ。」
 こう思《おも》って、若者《わかもの》は、
「もしもし、安《やす》くしておきますから、この馬《うま》を買《か》って下《くだ》さいませんか。」
 といいました。するとそこのうちの人たちは、なるほどそれは有《あ》り難《がた》いが、安《やす》く売《う》るといってもさしあたりお金《かね》がない。その代《か》わり田《た》とお米《こめ》を分《わ》けて上《あ》げるから、それと取《と》りかえっこなら、馬《うま》をもらってもいいといいました。若者《わかもの》は、
「わたしは旅《たび》の者《もの》ですから、田《た》やお米《こめ》をもらっても困《こま》りますが、せっかくおっしゃることですから、取《と》りかえっこをしましょう。」
 とふしょうぶしょうにいいました。
「そうですか。では馬《うま》をはいけんしよう。どれどれ。」
 と向《む》こうの男はいいながら、馬《うま》に乗《の》ってみて、
「どうもこれはすばらしい馬《うま》だ。取《と》りかえっこをしてもけっして惜《お》しくはない。」
 といって、近《ちか》くにある稲田《いなだ》を三|町《ちょう》と、お米《こめ》を少《すこ》しくれました。そして、
「ついでにこの家《いえ》もお前《まえ》さんにあずけるから、遠慮《えんりょ》なく住《す》まって下《くだ》さい。わたしたちは当分《とうぶん》遠方《えんぽう》へ行って暮《く》らさなければなりません。まあ、寿命《じゅみょう》があって、また帰《かえ》って来《く》ることがあったら、そのとき返《かえ》してもらえばいい。また向《む》こうで亡《な》くなってしまったら、そのまま、この家《いえ》をお前《まえ》さんのものにして下《くだ》さい。べつに子供《こども》もないことだから、後《あと》でぐずぐずいうものはだれもないのです。」
 といって、家《いえ》まであずけて立《た》って行きました。
 若者《わかもの》はとんだ拾《ひろ》い物《もの》をしたと思《おも》って、いわれるままに
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