吹《ふ》いたり、雨《あめ》が降《ふ》って水《みず》かさが増《ま》したりすると、舟《ふね》はたびたびひっくり返《かえ》りそうになりました。そういう時《とき》には、しかたがないので、石垣《いしがき》の間《あいだ》や、橋《はし》ぐいの陰《かげ》に舟《ふね》を止《と》めて休《やす》みました。
 こんな風《ふう》にして、一月《ひとつき》もかかって、やっとのことで、京都《きょうと》に近《ちか》い鳥羽《とば》という所《ところ》に着《つ》きました。鳥羽《とば》で舟《ふね》から岸《きし》に上《あ》がると、もうすぐそこは京都《きょうと》の町《まち》でした。五条《ごじょう》、四条《しじょう》、三条《さんじょう》と、にぎやかな町《まち》がつづいて、ひっきりなしに馬《うま》や車《くるま》が通《とお》って、おびただしい人が出ていました。
「なるほど京都《きょうと》は日本一《にっぽんいち》の都《みやこ》だけあって、にぎやかなものだなあ。」
 と、一寸法師《いっすんぼうし》は往来《おうらい》の人の下駄《げた》の歯《は》をよけて歩《ある》きながら、しきりに感心《かんしん》していました。
 三条《さんじょう》まで来《く》ると、たくさんりっぱなお屋敷《やしき》が立《た》ち並《なら》んだ中に、いちばん目にたってりっぱな門構《もんがま》えのお屋敷《やしき》がありました。一寸法師《いっすんぼうし》は、
「なんでも出世《しゅっせ》をするには、まずだれかえらい人の家来《けらい》になって、それからだんだんにし上《あ》げなければならない。これこそいちばんえらい人のお屋敷《やしき》に違《ちが》いない。」
 と思《おも》って、のこのこ門《もん》の中に入《はい》っていきました。広《ひろ》い砂利道《じゃりみち》をさんざん歩《ある》いて、大きな玄関《げんかん》の前《まえ》に立《た》ちました。なるほどここは三条《さんじょう》の宰相殿《さいしょうどの》といって、羽《は》ぶりのいい大臣《だいじん》のお屋敷《やしき》でした。
 そのとき一寸法師《いっすんぼうし》は、ありったけの大きな声《こえ》で、
「ごめん下《くだ》さい。」
 とどなりました。でも聞《き》こえないとみえて、だれも出てくるものがないので、こんどはいっそう大きな声《こえ》を出《だ》して、
「ごめん下《くだ》さい。」
 とどなりました。
 三|度《ど》めに一寸法師《いっすんぼうし》が、
「ごめん下《くだ》さい。」
 とどなった時《とき》、ちょうどどこかへおでましになるつもりで、玄関《げんかん》までおいでになった宰相殿《さいしょうどの》が、その声《こえ》を聞《き》きつけて、出てごらんになりました。しかしだれも玄関《げんかん》には居《い》ませんでした。ふしぎに思《おも》ってそこらをお見回《みまわ》しになりますと、靴《くつ》ぬぎにそろえてある足駄《あしだ》の陰《かげ》に、豆粒《まめつぶ》のような男《おとこ》が一人《ひとり》、反《そ》り身《み》になってつっ立《た》っていました。宰相殿《さいしょうどの》はびっくりして、
「お前《まえ》か、今《いま》呼《よ》んだのは。」
「はい、わたくしでございます。」
「お前《まえ》は何者《なにもの》だ。」
「難波《なにわ》からまいりました一寸法師《いっすんぼうし》でございます。」
「なるほど一寸法師《いっすんぼうし》に違《ちが》いない。それでわたしの屋敷《やしき》に来《き》たのは何《なん》の用《よう》だ。」
「わたくしは出世《しゅっせ》がしたいと思《おも》って、京都《きょうと》へわざわざ上《のぼ》ってまいりました。どうぞ一生懸命《いっしょうけんめい》働《はたら》きますから、お屋敷《やしき》でお使《つか》いなさって下《くだ》さいまし。」
 一寸法師《いっすんぼうし》はこういって、ぴょこんとおじぎをしました。宰相殿《さいしょうどの》は笑《わら》いながら、
「おもしろい小僧《こぞう》だ。よしよし使《つか》ってやろう。」
 とおっしゃって、そのままお屋敷《やしき》に置《お》いておやりになりました。

     三

 一寸法師《いっすんぼうし》は宰相殿《さいしょうどの》のお屋敷《やしき》に使《つか》われるようになってから、体《からだ》こそ小《ちい》さくても、まめまめしくよく働《はたら》きました。大《たい》へん利口《りこう》で、気《き》が利《き》いているものですから、みんなから、
「一寸法師《いっすんぼうし》、一寸法師《いっすんぼうし》。」
 といって、かわいがられました。
 このお屋敷《やしき》に十三になるかわいらしいお姫《ひめ》さまがありました。一寸法師《いっすんぼうし》はこのお姫《ひめ》さまが大好《だいす》きでした。お姫《ひめ》さまも一寸法師《いっすんぼうし》が大《たい》そうお気《き》に入《い》りで、どこへお出か
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