ヘンゼルとグレーテル
HANSEL UND GRETEL
グリム兄弟 Bruder Grimm
楠山正雄訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)寝床《ねどこ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大|鍋《なべ》

[#]:入力者注 主に外字の注記や傍点の位置の指定
(例)大ききん[#「ききん」に傍点]
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         一

 まずしい木こりの男が、大きな森の近くにこやをもって、おかみさんとふたりのこどもとでくらしていました。ふたりのこどものうち、男の子がヘンゼル、女の子がグレーテルといいました。しがなくくらして、ろくろく歯にあたるたべものを、これまでもたべずに来たのですが、ある年、国じゅうが大ききん[#「ききん」に傍点]で、それこそ、日日のパンが口にはいらなくなりました。木こりは、晩、寝床《ねどこ》にはいったものの、こののち、どうしてくらすかかんがえると、心配で心配で、ごろごろ寝がえりばかりして、ためいきまじりに、おかみさんに話しかけました。
「おれたち、これからどうなるというんだ。かわいそうに、こどもらをどうやってくわしていくか。なにしろ、かんじん、やしなってやっているおれたちふたりの、くうものがないしまつだ。」
「だから、おまえさん、いっそこうしようじゃないか」と、おかみさんがこたえました。
「あしたの朝、のっけに、こどもたちをつれだして、森のおくのおくの、木《こ》ぶかい所まで行くのだよ。そこで、たき火をしてやって、めいめいひとかけずつパンをあてがっておいて、それなりわたしたち、しごとのほうへすっぽぬけて行って、ふたりはそっくり森の中においてくるのさ。こどもらにかえり道が見つかりっこないから、それでやっかいがぬけようじゃないか。」
「そりゃあ、おめえ、いけねえよ。」と、木こりがいいました。
「そんなこたあ、おれにはできねえよ。こどもらを森ん中へおきざりにするなんて、どうしたって、そんなかんがえになれるものかな。そんなことしたら、こどもら、すぐと森のけだものがでてきて、ずたずたにひっつぁいてしまうにきまってらあな。」
「やれやれ、おまえさん、いいばかだよ。」と、おかみさんはいいました。「そんなことをいっていたら、わたしたち四人が四人、かつえ死にに死んでしまって、あとは棺桶《かんおけ》の板をけずってもらうだけが、しごとになるよ。」
 こうおかみさんはいって、それからも、のべつまくしたてて、いやおうなしに、ていしゅを、うんといわせてしまいました。
「どうもやはり、こどもたちが、かわいそうだなあ。」と、ていしゅはまだいっていました。
 ふたりのこどもたちも、おなかがすいて、よく寝つけませんでしたから、まま母が、おとっつぁんにむかっていっていることを、そっくりきいていました。妹のグレーテルは、涙をだして、しくんしくんやりながら、にいさんのヘンゼルにむかって、
「まあどうしましょう、あたしたち、もうだめね。」と、いいました。
「しッ、だまってグレーテル」と、ヘンゼルはいいました。「おさわぎでない、だいじょうぶ、ぼく、きっとよくやってみせるから。」
 こう妹をなだめておいて、やがて、親たちがねしずまると、ヘンゼルはそろそろ起きだして、うわぎをかぶりました。そして、おもての戸の下だけあけて、こっそりそとへ出ました。ちょうどお月さまが、ひるのようにあかるく照っていて、うちの前にしいてある白い小砂利《こじゃり》が、それこそ銀貨《ぎんか》のように、きらきらしていました。ヘンゼルは、かがんで、その砂利《じゃり》を、うわぎのかくしいっぱい、つまるだけつめました。それから、そっとまた、もどって行って、グレーテルに、
「いいから安心して、ゆっくりおやすみ。神さまがついていてくださるよ。」と、いいきかせて、自分もまた、床《とこ》にもぐりこみました。
 夜があけると、まだお日さまのあがらないうちから、もうさっそく、おかみさんは起きて来て、ふたりをおこしました。
「さあ、おきないか、のらくらものだよ。おきて森へ行って、たきぎをひろってくるのだよ。」
 こういって、おかみさんは、こどもたちめいめいに、ひとかけずつパンをわたして、
「さあ、これがおひるだよ。おひるにならないうち、たべてしまうのではないぞ。もうあとはなんにももらえないからよ。」と、いいました。
 グレーテルは、パンをふたつともそっくり前掛の下にしまいました。ヘンゼルは、かくしにいっぱい小石を入れていましたからね。
 そのあとで、親子四人そろって森へ出かけました。しばらく行くと、ヘンゼルがふと立ちどまって、首をのばして、うちのほうをふりかえりました。しかも、そんなことをなんべんもなんべんもやりました。おとっつぁんがそこでいいました。
「おい、ヘンゼル、なにをそんなに立ちどまって見ているんだ。うっかりしないで、足もとに気をつけろよ。」
「なあに、おとっつぁん。」と、ヘンゼルはいいました。「ぼくの見ているのはね、あれさ。ほら、あすこの屋根の上に、ぼくの白ねこがあがっていて、あばよしているから。」
 すると、おかみさんが、
「ばか、あれがおまえの小ねこなもんか、ありゃあ、けむだしに日があたっているんじゃないか。」と、いいました。でも、ヘンゼルは小ねこなんか見ているのではありません。ほんとうはそのまに、れいの白い小砂利《こじゃり》をせっせとかくしから出しては、道におとしおとししていたのです。
 森のまん中ごろまで来たとき、おとっつぁんはいいました。
「さあ、こどもたち、たきつけの木をひろっておいで。みんな、さむいといけない。おとっつぁん、たき火をしてやろうよ。」
 ヘンゼルとグレーテルとで、そだ[#「そだ」に傍点]をはこんで来て、そこに山と積《つ》みあげました。そだ[#「そだ」に傍点]の山に火がついて、ぱあっと高く、ほのおがもえあがると、おかみさんがいいました。
「さあ、こどもたち、ふたりはたき火のそばであったまって、わたしたち森で木をきってくるあいだ、おとなしくまっているんだよ。しごとがすめば、もどってきて、いっしょにつれてかえるからね。」
 ヘンゼルとグレーテルとは、そこで、たき火にあたっていました。おひるになると、めいめいあてがわれた、パンの小さなかけらをだしてたべました。さて、そのあいだも、しじゅう木をきるおのの音がしていましたから、おとっつぁんは、すぐと近くでしごとをしていることとばかりおもっていました。でも、それはおのの音ではなくて、おとっつぁんが一本の枯れ木に、枝をいわいつけておいたのが、風でゆすられて、あっちへぶつかり、こっちへぶつかりしていたのです。こんなふうにして、ふたりは、いつまでもおとなしくすわって待っているうち、ついくたびれて、両方の目がとろんとしてきて、それなりぐっすり、ねてしまいました。それで、やっと目がさめてみると、もうすっかり暮れて、夜になっていました。グレーテルは泣きだしてしまいました。
「まあ、わたしたち、どうしたら森のそとへ出られるでしょう。」と、グレーテルはいいました。
 ヘンゼルは、でもグレーテルをなだめて、
「なあに、しばらくお待ち。お月さまが出てくるからね。そうすればすぐと路がみつかるよ。」と、いいました。
 やがて、まんまるなお月さまが、高だかとのぼりました。そこで、ヘンゼルは小さい妹の手をひいて、小砂利をおとしたあとを、たどりたどり行きました。小砂利は、吹き上がって来たばかりの銀貨《ぎんか》みたいに、ぴかぴか光って、路しるべしてくれました。ひとばんじゅうあるきどおしにあるいて、もう夜のしらしら明けに、ふたりはやっとおとっつぁんのうちにかえって来ました。ふたりがおもてをこつこつとたたくと、おかみさんが戸をあけて出てきました。そして、ヘンゼルとグレーテルの立っているのを見ると、
「このろくでなしめら、いつまで森ン中で寝こけていたんだい。おまえたち、もううちにかえるのがいやになったんだとおもっていたよ。」と、いいました。
 おとっつぁんのほうは、でも、ああして子どもたちふたりっきり、おきざりにして来たものの、心配で心配でならなかったところでしたから、よくかえって来たといってよろこびました。
 そののち、もうほどなく、うちじゅうまた八方ふさがりになりました。こどもたちがきいていると、夜おそく、寝ながらおっかさんが、おとっつぁんにむかって、
「さあ、いよいよなにもかもたべつくしてしまったわ。天にも地にもパンが半きれ、それもたべてしまえば、歌もおしまいさ。こうなりゃどうしたって、こどもらを追いだすほかはないわ。こんどは森のもっとおくまでつれこんで、もう、とてもかえり道のわからないようにしなきゃだめさ。どうしたって、ほかにわたしたち助かりようがないからね。」
 こんなことをいわれて、ていしゅは胸にぐっと来ました。そして、
(そんなくらいならいっそ、てめえ、しまいにのこったじぶんのぶりのひとかけを、こどもたちにわけてやっちまうのがましだ。)と、かんがえました。
 それでも、おかみさんは、ていしゅのいうことを、まるで耳に入れようともしません。ただもういきりたって、あくぞもくぞ[#「あくぞもくぞ」に傍点]ならべたてました。それはたれだって、いったんA《アー》といってしまえば、あとはB《ベエ》とつづけなければならなくなるので、このていしゅも、いちどおかみさんのいうままになったからは、こんども、そのとおりにしなければならなくなりました。
 ところで、こどもたちはまだ目があいていて、この話をのこらずきいていました。そこで、おとなたちの寝てしまうのを待ちかねて、ヘンゼルはおきあがると、そとへとび出して、この前のように小砂利をひろいに行こうとしました。でも、こんどは、おかみさんが戸に、ぴんと、じょうをおろしてしまったので、ヘンゼルは出ることができなくなりました。
 ヘンゼルは、それでも、小さい妹をなだめて、
「グレーテル、お泣きでない。ね、あんしんしてお休み。神さまがきっとよくしてくださあるから。」と、いいきかせました。
 あくる日は、朝っぱらからもう、おかみさんはやって来て、こどもたちを寝床《ねどこ》からつれだしました。こどもたちは、めいめいパンのかけらをひとつずつもらいましたが、それはせんのよりも、よけい小さいものでした。それをヘンゼルは、森へ行く道みち、かくしの中でぼろぼろにくずしました。そして、おりおり立ちどまっては、そのくずしたパンくずを、地びたにおとしました。
「おい、ヘンゼル、なんだって立ちどまって、きょろきょろみているんだな。」と、おとっつぁんがいいました。「さっさとあるかないか。」
「ぼく、ぼくの小ばとを、ちゃんとみているんだよ。そら、屋根の上にとまって、ぼくにさよならしているんじゃないか。」と、ヘンゼルはいいました。
「ばか。」と、おかみさんはまたいいました。「あれがなんではとなもんか。あれは朝日が、けむだしの上で、きらきらしているんだよ。」
 ヘンゼルは、それでもかまわず、パンくずを道の上におとしおとしして、のこらずなくしてしまいました。
 おかみさんは、こどもたちを、森のもっともっとふかく、生まれてまだ来たことのなかったおくまで、引っぱって行きました。そこで、こんども、またじゃんじゃんたき火をしました。
 そしておっかさんは、
「さあ、こどもたち、ふたりともそこにじっといればいいのだよ。くたびれたらすこし寝てもかまわないよ。わたしたちは、森で木をきって来て、夕方、しごとがおしまいになれば、もどって来て、いっしょにうちにつれてかえるからね。」と、いいました。
 おひるになると、グレーテルが、じぶんのパンを、ヘンゼルとふたりで分けてたべました。ヘンゼルのパンは道にまいて来てしまいましたものね。
 パンをたべてしまうと、ふたりは眠りました。そのうちに晩もすぎましたが、かわいそうなこどもたちのところへ、たれもくるものはありません。ふたりがやっと目をあけたときには、もうまっくらな夜になっていました。ヘ
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