ゼル、なにをそんなに立ちどまって見ているんだ。うっかりしないで、足もとに気をつけろよ。」
「なあに、おとっつぁん。」と、ヘンゼルはいいました。「ぼくの見ているのはね、あれさ。ほら、あすこの屋根の上に、ぼくの白ねこがあがっていて、あばよしているから。」
 すると、おかみさんが、
「ばか、あれがおまえの小ねこなもんか、ありゃあ、けむだしに日があたっているんじゃないか。」と、いいました。でも、ヘンゼルは小ねこなんか見ているのではありません。ほんとうはそのまに、れいの白い小砂利《こじゃり》をせっせとかくしから出しては、道におとしおとししていたのです。
 森のまん中ごろまで来たとき、おとっつぁんはいいました。
「さあ、こどもたち、たきつけの木をひろっておいで。みんな、さむいといけない。おとっつぁん、たき火をしてやろうよ。」
 ヘンゼルとグレーテルとで、そだ[#「そだ」に傍点]をはこんで来て、そこに山と積《つ》みあげました。そだ[#「そだ」に傍点]の山に火がついて、ぱあっと高く、ほのおがもえあがると、おかみさんがいいました。
「さあ、こどもたち、ふたりはたき火のそばであったまって、わたしたち森で木をきってくるあいだ、おとなしくまっているんだよ。しごとがすめば、もどってきて、いっしょにつれてかえるからね。」
 ヘンゼルとグレーテルとは、そこで、たき火にあたっていました。おひるになると、めいめいあてがわれた、パンの小さなかけらをだしてたべました。さて、そのあいだも、しじゅう木をきるおのの音がしていましたから、おとっつぁんは、すぐと近くでしごとをしていることとばかりおもっていました。でも、それはおのの音ではなくて、おとっつぁんが一本の枯れ木に、枝をいわいつけておいたのが、風でゆすられて、あっちへぶつかり、こっちへぶつかりしていたのです。こんなふうにして、ふたりは、いつまでもおとなしくすわって待っているうち、ついくたびれて、両方の目がとろんとしてきて、それなりぐっすり、ねてしまいました。それで、やっと目がさめてみると、もうすっかり暮れて、夜になっていました。グレーテルは泣きだしてしまいました。
「まあ、わたしたち、どうしたら森のそとへ出られるでしょう。」と、グレーテルはいいました。
 ヘンゼルは、でもグレーテルをなだめて、
「なあに、しばらくお待ち。お月さまが出てくるからね。そうすれば
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