かけました。
「恩しらずのどちくしょうめ。」と、そのけものは、おそろしい声でさけびました。「おれは、お前のいのちをたすけて、この御殿にとめてやったのではないか。それが、なによりおれのだいじにしている、ばらの花をぬすむとはなにごとだ。その代価《だいか》は、お前のいのちの血で払《はら》わせるぞ。」
 商人は、かわいそうに、ふるえ上がって、怪獣の前にぺったりひれ伏《ふ》しながら、
「とのさま、おゆるし下さい。おしかりをうけることとは存じませんでした。ついむすめから、みやげに、一りんばらの花をといって、のぞまれましたものですから。どうぞ、いのちだけはおたすけ下さいまし。」といいました。
「おれは、とのさまではない。ただのけだものだ。」と、怪獣はいいました。「おれは、おべんちゃらはきらいだ。口さきのあまいことばで、つべこべごまかすことはやめてもらおう。だがお前、むすめがあるそうだな。そのなかにひとりぐらい、たぶん来て、お前のいのちに代ろうというものがあるだろうから、それでお前はゆるしてやる。万一、それがいやだというなら、三箇月のうちに、お前がかならず、戻《もど》ってこなければならないぞ。」
 商人は、むすめたちのうちの、ひとりだって、自分の代りに死んでもらおうなどとは、ゆめにもおもいませんでしたが、さしあたりうちへかえって、むすめたちの顔をみて、死にたいとおもいました。それで、かならず戻ってくるとちかいますと、怪獣も、それなりゆるしてくれたうえ、から手でかえることはないからといって、ゆうべねむったへやへ、もういちど行ってみよといってくれました。そこには、大きな箱があるから、この御殿の中にありそうなもの、なんでもそれにいっぱいつめて行くがいい、いずれあとから箱はうちまでとどけてやるといいました。
 商人は、せめて、こどもたちに、もって行ってやるおみやげのできたことだけでもよろこんで、いわれたとおり行ってみますと、なるほど大きな箱があって、そのそばのゆかに、金貨《きんか》が山と積《つ》まれていました。商人は箱に金貨をつめると、それなりまた、とぼとぼうちへかえって行きました。つみとったばらの枝は、そのまま手にもっていて、こどもたちが出むかえますと、まず末のむすめに、ばらの花をわたしながら、「さあ、ラ・ベルちゃんや、これをあげるが、その花一りんが、このあわれなおとうさんに、どんなにたたったか、かんがえもつくまいよ。」といって、うちを出てからの話を、ひととおりしてきかせました。
 そうきくと、ふたりの姉は、大ごえあげて、わあわあ泣きわめきながら、ラ・ベルが、つまらない、ものねだりをして、だいじな父親のいのちとかけがえにしたといって、せめました。なぜきものか、ゆびわにしなかったか、ばかな子だといってののしりました。けれど、ラ・ベルは、じぶんがしでかしたあやまちのために、涙一てきながしませんでした。それよりか、自分ひとりをなげだして、父親のいのちに代るかくごを、はっきりきめていたのでございます。
 妹のけっしんをきくと、こんどは、男のきょうだいたちが、いっせいにさけび立てました。
「いけない、いけない。そんなことをさせるくらいなら、われわれが行って、その怪獣と、むこうを倒《たお》すか、こちらが倒されるか、しょうぶをつけてやる。」
 けれど、商人は、むすこたちをおさえて、それは、あいてがどんなにおそろしいけだものだか知らないからだ。それに手むかいをしても、どうせむだにきまっている。それよりか、きょうだいたちおたがいにたすけ合って、こののちながくしあわせにくらしてもらいたい。それで安心して、おとうさんは、また戻って行って、のこりのいのちを、怪獣へぎせいにささげるつもりだといって、それなり、自分のへやへ寝に行きました。ところが、おどろいたことに、かなしみにまぎれて、とうにわすれていた約束を、怪獣はちゃんと果たしてくれていて、へやの中に、れいの御殿でみたとおり、大きなおみやげの箱いっぱい金貨をつめたままで、そっくりおいてありました。商人は、でも、このことを、むすめたちに話さないことにしました。それはお金がはいったときくと、さっそく、町へかえろうといって、やかましくせめるにきまっていたからです。
 さて、そののち三箇月は立ちました。末むすめのラ・ベルのかくごには、すこしのゆるぎもありません。いよいよ、父親について、いっしょに行くことになりました。きょうだいたちは、泣いて涙のおわかれをしました。ただ、ふたりの姉むすめのだけは、ねぎ[#「ねぎ」に傍点]か、にら[#「にら」に傍点]で目をこすって、むりに出した涙でした。ふたりをのせた馬は、ちゃんと道をおぼえていて、れいのふしぎな御殿へつれて行ってくれました。そして、いつものうまやへ、ずんずんはいって行きました。
 父
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