なって、あかりがつけばいいなあ。それからどんなことがあるだろう。森からいろいろな木があいにくるかしら。それとも、すずめたちがまどガラスのところへ、とんでくるかしら。もしかしたら、このままここで根がはえて、冬も夏もこうやってかざられたまま、立っているのかもしれない。」
そんなふうに、あれやこれやとかんがえるのも、もっともなことでした。けれども、もみの木はあんまりかんがえつめたので、からだのかわが、いたくなりました。ちょうど、にんげんが、ずつうでくるしむように、木にとっては、このかわのいたいのは、かなりこまるびょうきなのでした。
さて、ろうそくのあかりがつきました。なんというかがやかしさなのでしょう。なんというりっぱさなのでしょう。もみの木は、うれしまぎれに、枝という枝をぶるぶるさせました。そのため、いっぽんのろうそくの火がゆれて、あおい葉にもえうつりました。おかげで、かなりこげました。
「あぶないわ。」と、お嬢《じょう》さんたちはさけんで、あわてて火をけしました。そこでもみの木は、もうからだをふるわすこともできませんでした。こうなると、それはまったくおそろしいほどでした。もみの木はせっかくのかざりを、ひとつもなくすまいと、しんぱいしました。それに、あんまり明《あか》るすぎるので、ただもうぼうっとなりました。――
やがて、両びらきのとびらがさあっとあいて、こどもたちが、まるで、クリスマスの木ごとたたきおとしそうないきおいで、とびこんできました。おとなたちも、そのあとからしずかについてきました。こどもたちは、ほんのちょっとのあいだ、だまって立っていましたが、――たちまち、わあっというさわぎになって、木のまわりをおどりまわりながら、クリスマスのおくりものを、ひとつ、ひとつ、さらっていきました。
「この子たちはなにをするんだろう。なにがはじまるんだろう。」と、もみの木はかんがえました。するうち、枝のところまで、ろうそくは、だんだんともえていきました。そしてひとつずつ消されてしまいました。やがて、木の枝につけてあるものを取ってもいいというおゆるしが出ました。やれやれたいへん、こどもたちは、いきなり木をめがけて、とびつきました。木はみしみしと音《おと》を立てました。もみの木のてっぺんにつけてある金《きん》紙の星《ほし》が、うまくてんじょうにしばりつけてなかったら、きっと木は、あおむけにひっくりかえされたことでしょう。
こどもたちは、もぎ取《と》ったりっぱなおもちゃを、てんでんにもって、おどりまわりました。ですからたれひとり、もう木をふりかえって見るものはありませんでした。たったひとり、ばあやが、木につけてあった、いちじくやりんごを、こどもたちがとりのこしていやしないかとおもって、枝のなかに首《くび》をさしいれて、のぞきこんだだけでした。
「おはなししてね、おはなししてね。」
こどもたちはそうさけんで、ずんぐりしたひとりの小さい人を、木のところへひっぱっていきました。その人は、木の下に腰《こし》をおろしてこういいました。
「よしよし、こうしていれば、みなさんはみどりの森のなかにいるようなものだ。だから、この木もうれしがって、おはなしをきくだろう。だがおはなしはひとつだけだよ。*イウェデ・アウェデのおはなしをしようかね。それとも、だんだんからころげおちたくせに、うまく出世《しゅっせ》して、王女《おうじょ》さまをおよめさんにした、でっくりもっくりさんのおはなしをしようかね。」
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*イウエデ、アウエデ、キウエデ、カウエデ―というようにつづくことばあそび。
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「イウェデ・アウェデ。」と、五六人のこどもたちはさけびました。するとほかのこどもたちは、「でっくりもっくりさん。」とさけびました。みんながそうやって、くちぐちに、わいわいいいたてるので、がやがや、がやがや、おおさわぎになりました、けれども、もみの木ばかりは、だまってこうおもっていました。
「わたしには、そうだんしてくれないのかしら。わたしは、このおなかまではないのかしら。」
なるほどおなかまにはちがいないのです。けれどももみの木のおやくめは、もうすんでいました。
やがていまの人は、だんだんをころげおちたくせに、出世して、王女さまをおよめさんにした、でっくりもっくりさんのおはなしをしました。おはなしがすむと、こどもたちは、ぱちぱち手をたたいて、
「もひとつして、もひとつして。」と、さけびたてました。こどもたちはイウェデ・アウェデのおはなしもしてもらいたかったのでしたが、でっくりもっくりさんのおはなしだけで、がまんしなければなりませんでした。もみの木はびっくりしたような、それでいて、かんがえこんでいるようなようすをしていました。だって、森の鳥たちは、そんなはなしは、ちっともしてくれませんでしたからね。
「でっくりもっくりさんは、だんだんから、ころげおちたくせに、王女さまを、およめさんにしたとさ。そうだ、そうだ。それが世《よ》のなかというものなんだ。」と、もみの木はかんがえました。そしてあんなりっぱな人が、そうはなしたんだから、それはほんとうのことにちがいないと思いました。
「そうだ、そうだ、わたしだって、だんだんからころげおちて、王女さまをおよめさんにもらうかもしれない。」
これで、あしたもまた、あかりをつけてもらって、おもちゃだの、金のくだものだので、かざられるのだと思って、もみの木はぞくぞくしていました。
「あしたはもうふるえないぞ。こんなにりっぱになったのだから、うんとうれしそうな、とくいらしいかおをしていよう。きっとまた、でっくりもっくりさんのおはなしをしてもらえるだろうし、ことによったら、イウェデ・アウェデのおはなしもしてもらえるかもしれない。」
こうしてもみの木は、じっとひと晩《ばん》じゅうかんがえあかしました。
つぎの朝《あさ》、召使たちがやってきました。
「ああ、きっともういちど、りっぱにかざりなおしてくれるんだな。」と、もみの木は思いました。けれども、召使たちは、木をへやのそとへ、ひきずっていきました。そして、はしごだんをあがっていって、屋根《やね》うらのものおきのうすぐらいすみへ、ほうりあげました。そこにはまるで、お日さまの光がさして来ませんでした。
「どうしたっていうんだろう。こんなところで、なにができるんだろう。こんなところで、はなしをしても、なにがきこえるだろう。」と、もみの木はかんがえました。そしてかべにもたれたまま、いつまでも、あきずに、かんがえつづけていました。――もうずいぶん時間がありました。なにしろ、いく日《にち》となく、いく晩となく、すぎて行きましたからね。けれども、たれひとりやっては来ませんでした。それでも、とうとうたれかが上がってきましたが、なにかふたつ三つ大きな箱《はこ》を、すみのほうへほうりだして行ったばかりでした。おかげで、もみの木は、その箱の下じきになって、かくれてしまいました。まあその木のいることなど、まるで、忘れられてしまったのでしょう。
「今は、そとは冬なのだ。地めんはかちかちにこおって、雪がかぶさっている。だから、あの人たちは、わたしをうえることができない。それで、わたしは春がくるまで、ここでかこわれているのだ。ほんとに、なんてかんがえぶかい人たちだろう。――ただ、ここがこんなに、うす暗《ぐら》いさびしいところでなければいいとおもうな。――なにしろ、野うさぎ一ぴき、はねてこないのだもの。――雪がつもって、うさぎがそばをはねまわったりするじぶん、あの町そとの森のなかは、ずいぶん、よかったなあ。そうそう、兎《うさぎ》がよく、あたまのうえをとびこえたっけ。あのときは、すいぶん、はらがたったがなあ。それも今ではなつかしい。それにくらべては、ここの屋根うらのおそろしいほどな、さびしさといったら。」
「チュウ、チュウ。」
そのとき、ふと、小ねずみがなきながら、ちょろちょろとはいだしてきました。そのあとから、もう一ぴきの、小ねずみが出てきました。ねずみたちは、もみの木のにおいをかいで見て、枝のあいだを、はいまわりました。
「ひどいさむさですねえ。」と、小ねずみたちはいいました。「でもここはずいぶんいいところでしょう。そうはおもいませんか、もみの木のおじいさん。」
「わたしは、そんなおじいさんじゃないぞ。」と、もみの木は少しおこっていいました。「まだまだ、ぼくより、としをとっている木は、たくさんあるよ。」
「あなたはどこからきたの。いろんなことを知っているの。」と、小ねずみたちは、たいへんなにかをききたがっていました。「ねえ、もみの木さん。世のなかで、いちばんすばらしいところのことを、おはなししてください。あなたは、そこからきたんでしょう。そら、たなの上にチーズがのっていたり、てんじょうから、ハムがぶらさがっていたり、あぶらろうそくの上で、おどりをおどったりして、はいるとき、ひょろひょろ[#「ひょろひょろ」は底本では「ひょろょひろ」]、出るとき、むっくりでっくり――、と、いうようなところにいたんでしょう。」
「どうも、そんな所は知らないね。」と、もみの木はいいました。「けれど、森のことならしっているよ。そこではお日さまの光はよくあたるし、鳥がうたをうたっているよ。」
それからもみの木は、じぶんのわかかったときのことを、すっかりはなしました。小ねずみは、これまでに、そんなことをちっともききませんでしたので、めずらしがってきいていました。それからあとでこういいました。
「まあずいぶんいろいろなものを、たくさん見たんですねえ。ずいぶんしあわせだったんですねえ。」
「わたしがかい。」
そういわれて、もみの木は、はじめて、いま、じぶんのはなしたことをかんがえてみました。
「なるほど、そういえばしあわせだったよ。そう、つまりあのじぶんが、わたしもいちばんしあわせだったなあ。」
それから、もみの木は、おいしいおかしや、ろうそくのあかりでかざられた、クリスマスの前の晩のはなしをしました。
「まあ、ずいぶんしあわせだったのね、もみの木のおじいさん。」と、小ねずみがいいました。
「わたしは、そんなにおじいさんではないというのに。」と、もみの木はいいました。「この冬、はじめて森のなかから出てきたばかりだもの。わたしは、今がさかりの年なんだ。ただすこしのっぽにそだちすぎたかもしれない。」
「おじさんのはなしはおもしろいね。」
と、小ねずみがいいました。
つぎの晩にも、小ねずみは、ほかに四ひきのなかまをつれて、話をききにやってきました。もみの木は、話していればいるほど、あれもこれもはっきりおもいだせました。そして、こうかんがえました。
「あのじぶんは、ほんとにしあわせだったけれど、ああいうじだいがまたやってくるだろう。きっとまたやってくるだろう。でっくりもっくりさんは、だんだんからころげおちたくせに、王女さまをおよめさんにもらった。だからわたしだって、たぶん王女さまをおよめさんにするかもしれない。」
それから、もみの木は、森のなかにはえていた、かわいらしい白《しら》かばの木のことをおもいだしました。その白かばの木は、ほんとにきれいでしたから、もみの木には、それがうつくしい王女さまのようにおもわれました。
「でっくりもっくりさんて、だれなんですか。」
と、小ねずみたちがたずねました。もみの木は、ひとつもまちがえずに、そのおはなしを、すっかりはなしてやりました。小ねずみたちは、それはそれはうれしがって、もみの木のいちばん高い枝にとびつきそうにしていました。つぎの晩には、もっと、たくさんのねずみたちがきました。にちよう日には二ひきのおやねずみさえ出てきました。けれど、このおやねずみは、そんなはなしは、いっこうおもしろくないといいました。そういわれると、小ねずみたちも、すこし、がっかりしていました。なるほど、それはせんほどおもしろくおもわれませんでしたものね。
「君のしっているお話は、それひとつ
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