うえることができない。それで、わたしは春がくるまで、ここでかこわれているのだ。ほんとに、なんてかんがえぶかい人たちだろう。――ただ、ここがこんなに、うす暗《ぐら》いさびしいところでなければいいとおもうな。――なにしろ、野うさぎ一ぴき、はねてこないのだもの。――雪がつもって、うさぎがそばをはねまわったりするじぶん、あの町そとの森のなかは、ずいぶん、よかったなあ。そうそう、兎《うさぎ》がよく、あたまのうえをとびこえたっけ。あのときは、すいぶん、はらがたったがなあ。それも今ではなつかしい。それにくらべては、ここの屋根うらのおそろしいほどな、さびしさといったら。」
「チュウ、チュウ。」
そのとき、ふと、小ねずみがなきながら、ちょろちょろとはいだしてきました。そのあとから、もう一ぴきの、小ねずみが出てきました。ねずみたちは、もみの木のにおいをかいで見て、枝のあいだを、はいまわりました。
「ひどいさむさですねえ。」と、小ねずみたちはいいました。「でもここはずいぶんいいところでしょう。そうはおもいませんか、もみの木のおじいさん。」
「わたしは、そんなおじいさんじゃないぞ。」と、もみの木は少しおこっていいました。「まだまだ、ぼくより、としをとっている木は、たくさんあるよ。」
「あなたはどこからきたの。いろんなことを知っているの。」と、小ねずみたちは、たいへんなにかをききたがっていました。「ねえ、もみの木さん。世のなかで、いちばんすばらしいところのことを、おはなししてください。あなたは、そこからきたんでしょう。そら、たなの上にチーズがのっていたり、てんじょうから、ハムがぶらさがっていたり、あぶらろうそくの上で、おどりをおどったりして、はいるとき、ひょろひょろ[#「ひょろひょろ」は底本では「ひょろょひろ」]、出るとき、むっくりでっくり――、と、いうようなところにいたんでしょう。」
「どうも、そんな所は知らないね。」と、もみの木はいいました。「けれど、森のことならしっているよ。そこではお日さまの光はよくあたるし、鳥がうたをうたっているよ。」
それからもみの木は、じぶんのわかかったときのことを、すっかりはなしました。小ねずみは、これまでに、そんなことをちっともききませんでしたので、めずらしがってきいていました。それからあとでこういいました。
「まあずいぶんいろいろなものを、たくさん見たんですねえ。ずいぶんしあわせだったんですねえ。」
「わたしがかい。」
そういわれて、もみの木は、はじめて、いま、じぶんのはなしたことをかんがえてみました。
「なるほど、そういえばしあわせだったよ。そう、つまりあのじぶんが、わたしもいちばんしあわせだったなあ。」
それから、もみの木は、おいしいおかしや、ろうそくのあかりでかざられた、クリスマスの前の晩のはなしをしました。
「まあ、ずいぶんしあわせだったのね、もみの木のおじいさん。」と、小ねずみがいいました。
「わたしは、そんなにおじいさんではないというのに。」と、もみの木はいいました。「この冬、はじめて森のなかから出てきたばかりだもの。わたしは、今がさかりの年なんだ。ただすこしのっぽにそだちすぎたかもしれない。」
「おじさんのはなしはおもしろいね。」
と、小ねずみがいいました。
つぎの晩にも、小ねずみは、ほかに四ひきのなかまをつれて、話をききにやってきました。もみの木は、話していればいるほど、あれもこれもはっきりおもいだせました。そして、こうかんがえました。
「あのじぶんは、ほんとにしあわせだったけれど、ああいうじだいがまたやってくるだろう。きっとまたやってくるだろう。でっくりもっくりさんは、だんだんからころげおちたくせに、王女さまをおよめさんにもらった。だからわたしだって、たぶん王女さまをおよめさんにするかもしれない。」
それから、もみの木は、森のなかにはえていた、かわいらしい白《しら》かばの木のことをおもいだしました。その白かばの木は、ほんとにきれいでしたから、もみの木には、それがうつくしい王女さまのようにおもわれました。
「でっくりもっくりさんて、だれなんですか。」
と、小ねずみたちがたずねました。もみの木は、ひとつもまちがえずに、そのおはなしを、すっかりはなしてやりました。小ねずみたちは、それはそれはうれしがって、もみの木のいちばん高い枝にとびつきそうにしていました。つぎの晩には、もっと、たくさんのねずみたちがきました。にちよう日には二ひきのおやねずみさえ出てきました。けれど、このおやねずみは、そんなはなしは、いっこうおもしろくないといいました。そういわれると、小ねずみたちも、すこし、がっかりしていました。なるほど、それはせんほどおもしろくおもわれませんでしたものね。
「君のしっているお話は、それひとつ
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