ありませんでした。
「さあ、いよいよこれから、わたしは生きるのだぞ。」
と、うれしそうな声をだして、もみの木はおもいきり、枝《えだ》をいっぱいのばしました。けれど、やれやれかわいそうに、その枝のさきは、がさがさに乾《ひ》からびて、黄《き》いろくなっていました。そして、じぶんはにわのすみっこ[#「すみっこ」は底本では「すみこっ」]で、雑草《ざっそう》や、いばらのなかに、ころがされていました。金紙《きんがみ》の星はまだあたまのてっぺんについていました。そしてその星は、あかるいお日さまの光で、きらきらかがやいていました。
ところで、そのとき、にわには、あのクリスマスの晩、この木のまわりをとびまわった、けんきのいいこどもたちが、あそんでいました。するとひとり、いちばんちいさい子がかけてきて、いきなり金の星を、もぎとってしまいました。
「ごらんよ。きたない、ふるいもみの木にくっついていたんだよ。」
その子はそうさけびながら、枝をふんづけましたから、枝はくつの下で、ぽきぽき音を立てました。
もみの木は、目のさめるようにうつくしい、花ぞののなかの花をみました。そしてみすぼらしいじぶんのすがたを見まわしてみて、これならいっそ、ものおきのくらいかたすみにほうり出されていたほうが、よかったとおもいました。それからつづいて森のなかにいたときの、わかいじぶんのすがたを、目にうかべました。楽しかったクリスマスの前の晩のことを、おもいだしました。でっくりもっくりさんのおはなしを、うれしそうにきいていた、小ねずみたちのことをおもいだしました。
「もうだめだ、もうだめだ。」と、かわいそうなもみの木はためいきをつきました。「たのしめるときに、たのしんでおけばよかった。もうだめだ。もうだめだ。」
やがて、下男《げなん》が来て、もみの木を小さくおって、ひとたばの薪《まき》につかねてしまいました。それから大きなゆわかしがまの下へつっこまれて、かっかと赤くもえました。もみの木はそのとき、ふかいためいきをつきました。そのためいきは、パチパチ弾丸《だんがん》のはじける音のようでした。ですから、そこらであそんでいるこどもたちは、みんなかけてきて、火のなかをのぞきこみながら、
「パチ、パチ、パチ。」と、まねをしました。
もみの木は、あいかわらず、ふかいためいきのかわりに、パチ、パチいいながら、森のなかの、
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