きりなのかい。」と、おやねずみはいいました。
「ああ、これひとつさ。」と、もみの木はこたえました。「なにしろわたしはうまれていちばんしあわせだった晩に、そのおはなしをきいたのだからね。けれど、そのときは、それがそんなにしあわせだとはしらなかった。」
「ずいぶん、つまらないおはなしだなあ。君は豚《ぶた》のあぶらみとか、あぶらろうそくというようなものはなんにもしらないのかね。たべものやのはなしは、しらないのかね。」
「しらないねえ。」と、もみの木はこたえました。
「そう。じゃあどうもありがとう。」と、おやねずみたちはいって、なかまのところへかえっていきました。とうとう、小ねずみたちもいってしまいました。すると、もみの木は、またひとりぼっちになったので、ためいきをつきながらいいました。
「げんきのいい、小ねずみたちが、わたしをとりまいて、おもしろそうに、はなしをきいてくれたのは、ほんとにゆかいだったなあ。だが、それもおわりさ。でも今にここからはこびだされれば、せいぜいものをたのしくかんがえることだ。」
 ところで、いつそんなことになったでしょうか。

 なるほど、あくる朝、大勢《おおぜい》してがたがた、ものおきをかたづけにきました。そして箱をどけて、もみの木をはこびだしました。それから、かなりらんぼうに床《ゆか》のうえになげだしました。やがてひとりの下男が、それをそのままはしごだんのほうへひきずっていきました。こうしてもみの木は、もういちど、日の目を見ることができました。
「さあ、また生《い》きかえったぞ。」と、もみの木はおもいました。もみの木は、すずしい風に吹かれて、朝のお日さまの光にあたりました。――そこはほんとうに家《いえ》のそとの、にわのなかでした。いろいろなことが、目まぐるしいほど、はたで、どんどんおこってくるので、もみの木はすっかり、じぶんのことをわすれてしまいました。ぐるりにはたくさん、目につくものがありました。このにわは、すぐ花ぞのにつづいていて、そこには、いろいろの花が、いっばい咲いていました。ほんのりいいにおいのするばらが、ひくいかきねにからんでいましたし、ぼだいじゅも、ちょうど花ざかりでした。つばめたちは、その上をとびまわりながら、さえずっていました。
「びいちくち、ぴいちくち、うちのひとがかえってきましたよ。」
 けれどもそれは、もみの木のことでは
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