さそわれて、
   からすのくちにつつかれな、
   犬の足にふまれるな」
といいながら、田から田へとさがしてまわりました。どこへ行ってもたにしは数《かず》しれずうじゃうじゃころがっていますが、それがあんまりおおすぎて、どれがおむこさんのたにしなのか、かいもく、わけがわからなくなってしまいました。
 およめさんは、それでもあきらめきれないので、あいかわらず、
  「つぶ、つぶ、お里へまいらぬか。
   つぶ、つぶ、むこどの、どこへ行《い》た」
といいいい、さがしてまわるうちに、春の日はいつか暮《く》れて、もう田んぼのなかはよく見えないのに、からだはどろまみれになってしまいました。すっかりくたびれて、がっかりしきって、泣き顔になって、およめさんは、深い深いどろ田のなかに、いまにもずるずる引きこまれそうになったとき、
「これ、これ、こんな所《ところ》で、いつまでもなにをしているのだね」
といいながら、いつどこからあらわれたか、光るようなうつくしいわかものが、涙《なみだ》でかすんでいるおよめさんの目の前に、にっこりわらって立っていました。
 水神《すいじん》さまの申《もう》し子《ご》でありながら、わけがあって、十年ものながいあいだ、たにしのからのなかに封《ふう》じ込められていたのが、きょう、およめさんが水神《すいじん》さまのお社《やしろ》に参詣《さんけい》して、まごころをこめておいのりしてくれたおかげで、封《ふう》じがとけて、このとおりりっぱなわかものの姿《すがた》に、かわることができたのです。
 あたりまえの人間同士のおむこさんとおよめさんになったふたりは、あらためて水神さまのお社に、お礼《れい》まいりをして、めでたくうちへ帰りました。
 こうして、ちいさなたにしから出世《しゅっせ》したおむこさんは、たにしの長者《ちょうじゃ》とよばれて、やさしいおよめさんと一緒《いっしょ》に、末《すえ》ながく栄《さか》えましたと、さ。



底本:「むかし むかし あるところに」童話屋
   1996(平成8)年6月24日初版発行
   1996(平成8)年7月10日第2刷発行
底本の親本:「日本童話宝玉集(上中下版)」童話春秋社
   1948(昭和23)〜1949(昭和24)年発行
入力:鈴木厚司
校正:林 幸雄
2001年12月19日公開
青空文庫作成ファイル:
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