つのしわざなのだ。いやはや、なさけない。あのかわいいむすめが、いっしょにのっていてくれるなら、この二倍もくらくても、ちっともこまりはしないのだが。」
こうおもっているところへ、ふと下水《げすい》の橋の下に住む大きなどぶねずみ[#「どぶねずみ」は底本では「とぶねずみ」]がでて来ました。
「おい、通行証《つうこうしょう》はあるか。」と、ねずみはいいました。「通行証を出してみせろ。」
でも、すずの兵隊は、だんまりで、よけいしっかりと銃剣をかついでいました。お舟はずんずん流れていきました。ねすみはあとから追いかけて来ました。
うッふ、ねずみはきいきい歯ぎしりして、わらくずや木切れに、どんなによびかけたことでしょう。「あいつをおさえろ。あいつをおさえろ。あいつは通行|税《ぜい》をはらわない。通行証もみせやしない。」
でも、流れはだんだんはげしくなりました。やがて橋がおしまいになると、すずの兵隊は、日の目を見ることができました。でもそれといっしょにごうッ[#「ごうッ」に傍点]という音がきこえました。それはだいたんな人でもびっくりするところです。どうでしょう、ちょうど橋がおしまいになったところへ、下水《げすい》が滝になって、大きな掘割《ほりわり》に流れこんでいました。それは人間が滝におしながされるとおなじようなきけんなことになっていたのです。
でももうとまろうにもとまれないほど近くまで来ていました。舟は、兵隊をのせたまま、押し流されました。すずの兵隊は、でも一生けんめいつッぱりかえっていて、それこそまぶたひとつ動かしたとはいえません。お舟は三四ど、くるくるとまわって、舟べりまでいっぱい水がはいりました。もう沈むほかはありません。すずの兵隊は首まで水につかっていました。お舟はだんだん深く深く沈んでいって、新聞紙はいよいよぐすぐすにくずれて来ました。もう水は兵隊のあたまをこしてしまいました。そのとき兵隊は、かわいらしい踊ッ子のことをおもいだして、もう二どとあうこともできないとかんがえていました。すると兵隊の耳にこういう歌がきこえました。――
[#ここから3字下げ]
さよなら、さよなら、兵隊さん、
これでおまえもおしまいだ。
[#ここで字下げ終わり]
ちょうどそのとき新聞紙がやぶれて、すずの兵隊は水のなかへ落ち込みました。――ところが、そのとたん、大きなおさかなが来て、
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