もなかにはいっていたのは、かぎタバコではありません。それは黒い小鬼でした。そら、よくあるバネじかけのびっくり箱だったのです。
「おいすずの兵隊、すこし目をほかへやれよ。」と、その小鬼《こおに》がいいました。
でも一本足の兵隊はきこえないふうをしていました。
「よしあしたまで待ってろ」と、小鬼はいいました。
さて明くる朝になってこどもたちが起きてくると、一本足の兵隊は、窓のうえに立たされました。ところでそれは黒い小鬼のしわざであったか、風が吹きこんで来たためであったか、だしぬけに窓がばたんとあいて、一本足の兵隊は、三階からまっさかさまに下へおちました。どうもこれはひどいめにあうものです。兵隊は、片足をまっすぐに空にむけ、軍帽と銃剣を下にしたまま、敷石《しきいし》のあいだにはさまってしまいました。
女中と男の子は、すぐとさがしにおりて来ました。けれども、つい足でふんづけるまでにしながらみつけることができませんでした。もし兵隊が大きな声で「ここですよう。」とどなったら、みつけたかも知れなかったのです。けれども兵隊は、軍服の手まえ、大きな声でよんだりなんかしてはみっともないとおもいました。
するうち雨が降りだしました。雨しずくがだんだん大きくなって、とうとうほんとうのどしゃ降りになりました。雨が上がったとき、ふたり町のこどもがでて来ました。
「おい、ごらんよ。すずの兵隊がいるよ。舟にのせてやろう。」と、そのひとりがいいました。そこでふたりは、新聞で紙のお舟をつくりました。そしてすずの兵隊をのせました。兵隊は新聞のお舟にのったまま、みぞのなかをながされていきました。ふたりのこどもはいっしょについてかけながら手をたたきました。やあ、たいへん。みぞのなかはなんてえらい波が立つのでしょう、流の早いといったらありません。なにしろ大雨のあとでした。紙の小舟は、上下にゆられて、ときどきくるくるはげしくまわりますと、すずの兵隊はさすがにふるえました。でも、やはりしっかりと立って、顔色《かおいろ》ひとつ変えず、銃剣肩に、まっすぐにまえをにらんでいました。
いきなりお舟は、長い下水《げすい》の橋の下へはいっていきました。それで、箱のなかにはいっていたときと同様、まっ暗になりました。
「いったい、おれはどこへいくのだ。」と、兵隊はおもいました。「そうだ、そうだ。これは小鬼《こおに》のや
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