お前《まえ》さんはあまりみかけない人だが、どこから来《き》たのだね。」
「わたしはくらげといって竜王《りゅうおう》の御家来《ごけらい》さ。今日《きょう》はあんまりお天気《てんき》がいいので、うかうかこの辺《へん》まで遊《あそ》びに来《き》たのですが、なるほどこの猿《さる》が島《しま》はいい所《ところ》ですね。」
「うん、それはいい所《ところ》だとも。このとおりけしきはいいし、栗《くり》や柿《かき》の実《み》はたくさんあるし、こんないい所《ところ》は外《ほか》にはあるまい。」
 こう言《い》って猿《さる》が低《ひく》い鼻《はな》を一生懸命《いっしょうけんめい》高《たか》くして、とくいらしい顔《かお》をしますと、くらげはわざと、さもおかしくってたまらないというように笑《わら》い出《だ》しました。
「はッは、そりゃ猿《さる》が島《しま》はいい所《ところ》にはちがいないが、でも竜宮《りゅうぐう》とはくらべものにならないね。猿《さる》さんはまだ竜宮《りゅうぐう》を知《し》らないものだから、そんなこと言《い》っていばっておいでだけれど、そんなことをいう人に一|度《ど》竜宮《りゅうぐう》を見《み》せて上《あ》げたいものだ。どこもかしこも金銀《きんぎん》やさんごでできていて、お庭《にわ》には一年中《いちねんじゅう》栗《くり》や柿《かき》やいろいろの果物《くだもの》が、取《と》りきれないほどなっていますよ。」
 こう言《い》われると猿《さる》はだんだん乗《の》り出《だ》してきました。そしてとうとう木から下《お》りてきて、
「ふん、ほんとうにそんないい所《ところ》なら、わたしも行ってみたいな。」
 と言《い》いました。くらげは心《こころ》の中で、「うまくいった。」と思《おも》いながら、
「おいでになるなら、わたしが連《つ》れて行って上《あ》げましょう。」
「だってわたしは泳《およ》げないからなあ。」
「大丈夫《だいじょうぶ》、わたしがおぶっていって上《あ》げますよ。だから、さあ、行きましょう、行きましょう。」
「そうかい。それじゃあ、頼《たの》むよ。」
 と、とうとう猿《さる》はくらげの背中《せなか》に乗《の》りました。猿《さる》を背中《せなか》に乗《の》せると、くらげはまたふわりふわり海《うみ》の上を泳《およ》いで、こんどは北《きた》へ北《きた》へと帰《かえ》っていきました。しばらく行くと猿《さる》は、
「くらげさん、くらげさん。まだ竜宮《りゅうぐう》までは遠《とお》いのかい。」
「ええ、まだなかなかありますよ。」
「ずいぶんたいくつするなあ。」
「まあ、おとなしくして、しっかりつかまっておいでなさい。あばれると海《うみ》の中へ落《お》ちますよ。」
「こわいなあ。しっかり頼《たの》むよ。」
 こんなことを言《い》っておしゃべりをしていくうちに、くらげはいったいあまり利口《りこう》でもないくせにおしゃべりなおさかなでしたから、ついだまっていられなくなって、
「ねえ、猿《さる》さん、猿《さる》さん、お前《まえ》さんは生《い》き肝《ぎも》というものを持《も》っておいでですか。」
 と聞《き》きました。
 猿《さる》はだしぬけにへんなことを聞《き》くと思《おも》いながら、
「そりゃあ持《も》っていないこともないが、それを聞《き》いていったいどうするつもりだ。」
「だってその生《い》き肝《ぎも》がいちばんかんじんな用事《ようじ》なのだから。」
「何《なに》がかんじんだと。」
「なあにこちらの話《はなし》ですよ。」
 猿《さる》はだんだん心配《しんぱい》になって、しきりに聞《き》きたがります。くらげはよけいおもしろがって、しまいにはお調子《ちょうし》に乗《の》って猿《さる》をからかいはじめました。猿《さる》はあせって、
「おい、どういうわけだってば。お言《い》いよ。」
「さあ、どうしようかな。言《い》おうかな、言《い》うまいかな。」
「何《なん》だってそんないじの悪《わる》いことを言《い》って、じらすのだ。話《はな》しておくれよ。」
「じゃあ、話《はな》しますがね、実《じつ》はこの間《あいだ》から竜王《りゅうおう》のお后《きさき》さまが御病気《ごびょうき》で、死《し》にかけておいでになるのです。それで猿《さる》の生《い》き肝《ぎも》というものを上《あ》げなければ、とても助《たす》かる見込《みこ》みがないというので、わたしがお前《まえ》さんを誘《さそ》い出《だ》しに来《き》たのさ。だからかんじんの用事《ようじ》というのは生《い》き肝《ぎも》なんですよ。」
 そう聞《き》くと猿《さる》はびっくりして、ふるえ上《あ》がってしまいました。けれど海《うみ》の中ではどんなにさわいでもしかたがないと思《おも》いましたから、わざとへいきな顔《かお》をして、
「何《なん》だ
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