くる日、うさぎはおみその中に唐《とう》がらしをすり込《こ》んでこうやくをこしらえて、それを持《も》ってたぬきのところへお見舞《みま》いにやって来《き》ました。たぬきは背中中《せなかじゅう》大《おお》やけどをして、うんうんうなりながら、まっくらな穴《あな》の中にころがっていました。
「たぬきさん、たぬきさん。ほんとうにきのうはひどい目にあったねえ。」
「ああ、ほんとうにひどい目にあったよ。この大《おお》やけどはどうしたらなおるだろう。」
「うん、それでね、あんまり気《き》の毒《どく》だから、わたしがやけどにいちばん利《き》くこうやくをこしらえて持《も》って来《き》たのだよ。」
「そうかい。それはありがたいな。さっそくぬってもらおう。」
こういってたぬきが火ぶくれになって、赤肌《あかはだ》にただれている背中《せなか》を出《だ》しますと、うさぎはその上に唐《とう》がらしみそをところかまわずこてこてぬりつけました。すると背中《せなか》はまた火がついたようにあつくなって、
「いたい、いたい。」
と言《い》いながら、たぬきは穴《あな》の中をころげまわっていました。うさぎはその様子《ようす》を見《み》てにこにこしながら、
「なあにたぬきさん、ぴりぴりするのははじめのうちだけだよ。じきになおるから、少《すこ》しの間《あいだ》がまんおし。」
と言《い》って帰《かえ》っていきました。
四
それから四、五|日《にち》たちました。ある日うさぎは、
「たぬきのやつどうしたろう。こんどはひとつ海《うみ》に連《つ》れ出《だ》して、ひどい目にあわせてやろう。」
と独《ひと》り言《ごと》を言《い》っているところへ、ひょっこりたぬきがたずねて来《き》ました。
「おやおや、たぬきさん、もうやけどはなおったかい。」
「ああ、お陰《かげ》でたいぶよくなったよ。」
「それはいいな。じゃあまたどこかへ出かけようか。」
「いやもう、山はこりごりだ。」
「それなら山はよして、こんどは海《うみ》へ行こうじゃないか、海《うみ》はおさかながとれるよ。」
「なるほど、海《うみ》はおもしろそうだね。」
そこでうさぎとたぬきは連《つ》れだって海《うみ》へ出かけました。うさぎが木の舟《ふね》をこしらえますと、たぬきはうらやましがって、まねをして土の舟《ふね》をこしらえました。舟《ふね》ができ上《あ》がると、うさぎは木の舟《ふね》に乗《の》りました。たぬきは土《つち》の舟に乗《の》りました。べつべつに舟《ふね》をこいで沖《おき》へ出ますと、
「いいお天気《てんき》だねえ。」
「いいけしきだねえ。」
とてんでんに言《い》いながら、めずらしそうに海《うみ》をながめていましたが、うさぎは、
「ここらにはまだおさかなはいないよ。もっと沖《おき》の方《ほう》までこいで行こう。さあ、どっちが早《はや》いか競争《きょうそう》しよう。」
と言《い》いました。たぬきは、
「よし、よし、それはおもしろかろう。」
と言《い》いました。
そこで一、二、三とかけ声《ごえ》をして、こぎ出《だ》しました。うさぎはかんかん舟《ふな》ばたをたたいて、
「どうだ、木の舟《ふね》は軽《かる》くって速《はや》かろう。」
と言《い》いました。するとたぬきも負《ま》けない気《き》になって、舟《ふな》ばたをこんこんたたいて、
「なあに、土《つち》の舟《ふね》は重《おも》くって丈夫《じょうぶ》だ。」
と言《い》いました。
そのうちにだんだん水がしみて土《つち》の舟《ふね》は崩《くず》れ出《だ》しました。
「やあ、たいへん。舟《ふね》がこわれてきた。」
とたぬきがびっくりして、大《おお》さわぎをはじめました。
「ああ、沈《しず》む、沈《しず》む、助《たす》けてくれ。」
うさぎはたぬきのあわてる様子《ようす》をおもしろそうにながめながら、
「ざまを見《み》ろ。おばあさんをだまして殺《ころ》して、おじいさんにばばあ汁《じる》を食《く》わせたむくいだ。」
と言《い》いますと、たぬきはもうそんなことはしないから助《たす》けてくれと言《い》って、うさぎをおがみました。そのうちどんどん舟《ふね》は崩《くず》れて、あっぷあっぷいうまもなく、たぬきはとうとう沈《しず》んでしまいました。
底本:「日本の神話と十大昔話」講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年5月10日第1刷発行
1992(平成4)年4月20日第14刷発行
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年8月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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