があまりに規則正しく、あまりに自然に見えるのがあきたらなかった。それに負傷の牛の苦悶を見るのもいやであった。
 彼が真からあこがれたのは、思いもかけぬときにとつぜんわきおこる惨事、あるいは何か新奇な事変から生ずる溌剌たる、そして尖鋭ななやみそのものであった。実際、オペラ・コミック座が焼けた大火の晩に、彼は偶然そこへ観劇にいっていて、あの名状すべからざる大混雑の中から不思議にもけがひとつせずににげだしたのであった。それから、有名な猛獣使いのフレッドがライオンに喰い殺されたときは、檻のすぐそばでまざまざとその惨劇を見ていたのだ。
 ところが、それ以来彼は芝居や動物の見世物にぜんぜん興味をうしなってしまった。
 もとそんなものにばかり熱中していた彼が急に冷淡になったのを、友だちが不思議におもってそのわけをたずねると、彼はこんなふうに答えた。
「あんなところには、もう僕の見るものがなくなったよ。てんで興味がないね。我れ人ともにアッというようなものを僕は見たいんだ」
 芝居と見世物という二つの道楽――しかも十年もかよいつめてやっと渇望をみたしたのに、その楽しみが無くなってからというものは、彼は精
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