或る精神異常者
モーリス・ルヴェル
田中早苗訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)濃い海碧《あお》色を

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)しいん[#「しいん」に傍点]と
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 彼は意地悪でもなく、といって、残忍酷薄な男でもなかった。ただ非常にかわった道楽をもっていたというだけのことだ。しかしその道楽もたいていやりつくしてしまって、いまでは、それにもなんら溌剌たる興味を感じないようになったのである。
 彼はたびたび劇場へでかけた。けれど、それは演技を観賞したり、オペラ・グラスで見物席を見まわしたりするのが目的ではなくて、そうしてたびたびいっているうちに、とつぜんに劇場の失火というようなめずらしい事件にでっくわすかもしれぬという、一種の期待からであった。
 また、ヌイエの市へでかけては、いろいろな見世物小舎をかたっぱしからあさりあるいたが、それもある突発的の災難、たとえば、猛獣使いが猛獣に噛みつかれるというような珍事を予期してのことであった。
 ひと頃、闘牛見物に熱中したこともあったが、じきにあいてしまった。牛を屠殺するあの方法
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