なりました。それは活動が面白かったからではありません、ストオリーなどは問題ではありませんでした。ただ背景に私の夢をさがし求めたのです。白昼、銀幕に夢をもとめて霧中《むちゅう》になっていたのです。だから人々のあまり好かない変った風景の実写など、私は最も力を入れてみつめるのでした。
 こんな状態がかなり長く続いてその中に私はどうにか中学を卒《お》え専門学校に通うようになりました。勿論この頃も毎夜必ず幾つも夢を見続けました、しかしこの頃から私の夢は不可思議な、現世との連絡を帯びて来たのです。たとえば昼間散歩の時、ふと見上げた教会の鐘をその夜夢で見たのです。それもその鐘が夜中鐘楼の中を馳廻っている夢なのです。私がたった一人でそれを見ていますと、はっと思った途端、その鐘が墜落して木破微塵《こっぱみじん》になってしまい、その耳を潰《つぶ》すような恐ろしい音に眼をさましたりします。すると翌日の新聞にはなにかで有名なその鐘が昨夜落ちて破《こわ》れたことを告げているのです。勿論、遠くはなれたところですから音のきこえるわけは全然ない筈です。
 又こんなことがありました。友人と久しく会わない先輩のところへ行く約束をして一緒に出掛たのですが、家のこんだところで、なかなか見付かりません、友人が
「どうだい、こっちから行けそうだね」
 そういってひょいと露地《ろじ》にはいろうとするのです。それを見た私はなんの気なしに、
「駄目だよ、袋路だよ」
 といってしまいました、友人は不思議そうな顔をして、
「なんだい、君、ここらを知ってるのか」
 そういわれて見て私ははっとしました。なぜそんなことをいったのだろう、私自身この辺は全く始めてなので、知っている筈はないのです。
「いや、そう思うだけさ」
「なんだ、行って見よう。――おやつきあたり[#「つきあたり」に傍点]だ、矢張り知ってるんじゃないか」
「ふーん」
 友人にそういわれて、今度は私が不思議がる始末です。私はこんなところを知っている筈はないのだが――どうしてあんなことをいったのだろう。そう思ってあるきながら考えてみますと、夢、夢でした。いつか夢でここをうろついたのです。確にそう考えるより仕方がないのです。私はぞっとするようないやないやな気持におそわれました。
 こういうように私には段々夢と現実との境がへんにぼかされて来ました。私はその恐ろしさからのがれるためにどんなにあせったことでしょう、しかしそのじりじりと迫る怪しい魔者から抜け出すことは出来ませんでした。いやそれどころか却て前よりも尚々現実との境界があやしくなって行くのでした。私は非常な不安になやみました、朝、眼をさましても、果して自分が本当に眼をさますことが出来たのか、それともまだ夢の続きを見ているのか、そんな簡単な下らないことにも私は喘《あえ》ぐように考えなければならないのでした。
       ×
 学校へ行って講義に出ても、眼の前の横文字はいつか縞《しま》にかす[#「かす」に傍点]んで微妙な音楽が響き、青空は眼の玉を吸い込むようにどこまでも澄みきっていて、こっそり湧いて来た貪婪《どんらん》な雲の影は音もなく地上を舐《な》め廻しています。その中で一人のちんちくりんな男が、音楽に合せて一人よがりな唄を歌っています。それをぼんやり聞き惚《ほれ》ているうちに又いつかそれが教壇に立った教師に変っているのです。それは決して昼寝の夢ではありません、もしその途中で話かけるものがあるなら、私は確実に答えているのです。ふだんの私の知らないことまで、流暢に答えているのです。私は夢を現実に見ているのですがただ悲しいかなそれは私だけにしか見ることが出来ないのでした。
 私には今夢と現実との境界がぼんやりして来たことを申しました。それについて、なおそれを助ける恐ろしい出来事が起ったのです。
 その頃から、私は、つぎつぎと訪れる夢のために殆んど寝ることが出来なかったので、とうとう催眠剤を使用するようになったのでした。なる程催眠剤は私を浅いけれど眠りに堕《おと》してくれました。けれどそれもほんの僅かの間でしかも不規則な眠りは却て恐ろしい夢を齎《もたら》すに過ぎないのでした。私はそれらから脱《のが》れるために服量を加速度に増して行かなければならなかったのです。
 その結果――余談ですが、貴方も定めし多くの夢を御覧になったことと思いますが夢には色彩がないということお気付きでしょうか。夢には色彩がないのです。けれど『音』は存在します。たとえば夢の中で知人との会話は少しの澱《よど》みも不思議もないでしょう、しかし色彩はない筈です、恰度映画のように黒と白だけの世界なのです。端的にいえばわれわれは夢の世界では典型的『色盲』なのです――それが、私は催眠剤という悪魔に囚われてからはいつとなく夢
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