につかまえ込んだ。
 胴の太さが親指ほどもあろうか、と思われるような蛾や、大小各種様々な蝶が、合計二十匹ほども集められた。
『どうするんだい』
 と訝《いぶ》かし気《げ》に訊く春生に、
『山鹿への御土産《おみやげ》さ……』
 と鷺太郎はにやにやしながら答えた。山鹿のふるえ上《あが》る様を想像して、心中快哉を叫んでいたのである。
 やがて、畔柳博士は仕事を済ますと、三人連れだって、道をいそいだ。
 心配していた山鹿は、幸い在宅しているらしく、呼鈴《よびりん》を押すと婆《ばあ》やが出て来た。兼《か》ねて打合せたように、鷺太郎を残すと二人は物かげにかくれた。
『白藤ですが――。山鹿さんいましたら遊びに来たといって下さい』
 わざと、洋菓子の箱を見せつけるように、持ちかえていった。
『はあ、少々おまち下さいませ』
 鷺太郎は振りむいて合図をした。と同時に又婆やが出て来た。
『どうぞ……』
 それと一緒に、驚ろく婆やを尻目に、どやどやと三人続いて這入《はい》ってしまった。
『やあ――』
 と出て来た山鹿も、一瞬、不快な顔をしたが、遉《さす》がに、去《さ》り気《げ》なく
『どうぞ――』
 応接間は八畳ほどだった。椅子につくと間もなく、畔柳博士は、
『山鹿さん、地下室をみせてくれませんか』
『えッ』
 山鹿は何故《なぜ》かさっ[#「さっ」に傍点]と顔色を変えた。
 鷺太郎も吃驚《びっくり》した。このはじめて来る他人の家に、地下室があろうなんて、畔柳博士はどうして知っているのであろう。それにしても、山鹿の驚愕《きょうがく》は何を意味するのか――。
 山鹿は顔色を変えたまま、よろめくように立上った。
『どうぞ、こちらです』
 そう呟《つぶや》くようにいって、壁に手を支えながら歩き出した。
 その、うしろ姿の波打つような肩の呼吸から、何事か、この一言がひどく彼の胸を抉《えぐ》ったことを物語っていた。
 ――その地下室への入口は、想像も出来ぬほど巧みに、彼の書斎の壁に設けられてあった。地下室のことについては、博士は『出入《でいり》の商人から人数に合わぬ食糧を買い込んでいるからさ――』こともなげに答えた。
 山鹿を先頭に、三人は黙々と並んで這入った[#「這入った」は底本では「這った」]。そこは、いかにも地下室らしい真暗なつめたい階段が十四、五段あって、又、も一つのドアーに突当った。
 そのドアーが開けられると、
『あっ――』
 思わず、三人とも異口同音に、低く呻《うめ》いた。そのなかは、まるで春のように明るく、暖かく、気のせいか、何か媚薬《びやく》のように甘い、馥郁《ふくいく》たる香気《こうき》すら漾《ただよ》っているのが感じられた。
 然《しか》も、この別荘としては、その地下室は不相応に広いらしく、充分の間取りをもって、尚《なお》も奥へ続いているようであった。
 その上、壁は四方とも美しい枠をもって鏡で貼られ、天井は全面が摺硝子《すりガラス》になっていて、白昼電燈が適当な柔かさをもって輝いてい、床には、ふかふかと足を吸込む豪奢《ごうしゃ》な絨毯《じゅうたん》が敷きつめられてあった。
 それらの様子を、三人が呆然《ぼうぜん》と見詰め、見廻わしている中《うち》に、山鹿はそのドアーを閉め、それを背にして向き直った。
 ああ、その顔は、いつもの皮肉な皺《しわ》が深々と刻込《きざみこ》まれ、悪鬼のように歪《ゆが》んでいた。
『ふ、ふ、ふ、とうとう捕まったね……この地下室を見つけられたのは大出来だったが、のこのこ這入《はい》って来るとは、飛んで火に入る――のたとえだね、まあ、ここを知られては三人とも二度と世の中におかえしする訳にはゆかんよ……ここで君達がどうなろうと、全然世間には漏れないんだからね……ふ、ふ、ふ』
 そう低い声でいうと、いつの間にか右手には、鈍く光る短銃《ピストル》が握られていた。
(あ、しまった!)
 三人とも、一瞬、歯を鳴らした。
『あ、蛾だ!』
 鷺太郎が、山鹿の肩を指して叫んだ。
『え』
 一寸、山鹿の体が崩れた、と鷺太郎の体が、砲弾のように飛びついたのと同時だった。
『畜生!』
 ごろん、と音がすると短銃《ピストル》が落ちた。畔柳博士はすくい取るように拾った。
『山鹿! 変な真似をするな』
 一挙に、又立場ががらりと逆になってしまった。まるで、それは西部活劇のような瞬間の出来事だった。
『馬鹿野郎――』
 春生の右手が、山鹿の頬に、ビーンと鳴った。そして、洋服を剥取《はぎと》ると、ドアーの鍵を出して改めた。
 鷺太郎は、この騒ぎに投出された「おみやげ」の箱を拾い上げると、
『山鹿、この上もないおみやげ[#「おみやげ」に傍点]だぞ……そら、蝶や蛾がうじゃうじゃいる――』
『あ、そ、それは……』
 山鹿の全身は紙のように白くなって、わなわ
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