な犯罪にして、人の眼を欺くつもりか、それともその人間が極悪非道な奴で、直接突きさしたい慾望を持っていたかも知れない、おそらくはその両方の原因からだろう――。
二十間もはなれて、その間に、大勢の人が居《い》ながら、すぐ傍にいた学生を除いては、第一に馳《かけ》つけて来た、ということは、その娘にずーっと注意していた、ということの証拠になると思うね。二十間も先にいて、その傍の人さえ、まだ何が起ったのか知らんうちに、飛んで来て「どうしました」なんて抱き起す――というのは、前からそれがなんだか知っている人間でなければ出来んよ……。刺した方法? それは簡単さ、「どうしました」といって抱き起し乍《なが》ら、素早く胸に匕首《あいくち》を打込むこと位、計画的にやればわけはない。そして自分で、「あっ――」と驚いてみせれば効果は満点だ。
生身《なまみ》に匕首を突刺されて、叫び声一つたてぬ筈がない、これはその時すでに完全に死んでいた証拠さ、それには一寸毒殺以外にない』
鷺太郎と春生は、この明快な解答に、
『ああ、そうか――』
と驚いたきり、一言もなかった。春生は負《まけ》おしみのように、
『毒殺とは医者らしく思いついたもんだ』
と、聴えぬように呟《つぶや》いたが、それ以外、このハッキリした解答に、異論を挟む余地がなかった。
『どんな方法で、何を与えたか、それは犯人に訊くのが一番近道だろうね』
博士はそういうと、にこにこと事もなげに笑っていた。
鷺太郎は、その厚い金縁《きんぶち》眼鏡の輝きを、いつになく光々《こうごう》しく感じながら、自分の「直感」を証明してくれた畔柳博士を仰ぎ見た。
『じゃ警察へ電話しましょうか――』
鷺太郎が腰を浮かすと、
『まち給え――』
春生が止めた。
『まち給え、も一つ、こんどの事件を話してくれたまえ、同一人の犯行と思われる今夜の事件に、その山鹿が無関係となったら、或は前の事件も彼ではなかったかも知れないじゃないか。周章《あわて》て訴える必要はないよ』
『いや、今夜の事件も、山鹿に違いない。僕は慥《たしか》に彼奴《やつ》を見たんだ』
『ふーん、じゃそれを警察に隠したのかい」
『隠した、という訳ではないけど、一寸、不審な点があるんでね』
『そら見給え、どんなことだ』
『いや、僕があの山鹿の家まで行くと、その門の中から二人連れが出て来たんだ。暗かったんで
前へ
次へ
全31ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング