しがあったんです』
『ほう、又――』
 畔柳博士も、あの海岸開きの日の殺人を思い出したらしい。
『そうなんで、あれと同じ兇器で、同じように美しい少女なんです、殺《や》られたのは――。そこへまた私が通り合せて発見者という訳で、今まで色々訊かれましてね。
 ――でも、その死顔は実に綺麗だったですねえ、美少女が海岸の雑草の中に折れ朽ちたように寝、胸には匕首がささっているんですが、光線の不足で適当にぼかされて、少しも酷《むごた》らしくないんです。そして、そのつんと鼻の高い横顔を、蛍がぼーっ、ぼーっと蒼白い光りで照すんですが、それがまるで美しい絵を見ているような気がしましたよ』
『ほう、ばかに感心してるね、君のリーベのように綺麗だったかい』
『まさか、ははは』
『ふーん、で君は、それが誰にやられたのか知っているのかい――』
『いいや、知らんよ、警察でさえ、解らんのだもん――でもこの前のと関係があることは、素人にもわかる、というのは、いまいったように兇器が同一種類であり、手口も酷似しているからね、いつも、乳房の下を、心臓までまっすぐに一と突きだ』
『ふーん、君。僕にはじめから詳しく話してくれないか』
 春生は椅子を鳴らして、乗出して来た。
 鷺太郎は、
(そうそう、春生は探偵小説を愛読していたな――)
 と憶《おも》い出《だ》しながら、
『じゃ、こういう訳だ、最初の事件は、君ももうアウトライン位は新聞で知っているだろうけど、あの七月十日の海岸開きの日だ。
 Y海岸が河童共《かっぱども》のごった返している最中に、ええと、瑠美子、とかいったな、大井という実業家の長女だ、それが海岸で冷えた体を砂の上で暖めていて、気がついてみると、誰も知らぬ間に、胸に匕首を突刺されていた、という訳なんだ。――不思議なことには、当時、誰もその傍《そば》へはいなかったし、彼女は非常な美人だったから、注目の的になっていたから、これはハッキリいえることだ、又彼女には自殺するような動機も、原因もない。つまり殺されたということになるのだが、それでは一体どうして殺されたのか。
 最初に妹がいって見て、どうも様子が変なので、頓狂《とんきょう》な声を出したんだから、そばにいた学生が馳つけて、脈をみると、既に止っている。そしてワーッと集まった野次馬の前で、その俯伏《うつぶせ》になっていたのを起してみると、その今いった匕首
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