憶では、もうその時分から「水木」と「写真」というものとは不可分のものであった。
 水木は家がよかった為か、田舎の中学生としては贅沢な写真機を持っていた。
 そして初めの中は同級生なんかを撮って喜んでいたのだがそれにも倦きると、今度は自分で逆立《さかだち》をして写してみたり(可笑しなことには、大苦しみをして逆立で撮った写真も、出来上ってみれば普通の写真だった)或は又、毛虫をカビネ一杯位に大きく写して、そのむやむや[#「むやむや」に傍点]とした、毛むくじゃらな、醜悪な姿を見せて、級友達の気味悪がるのを見て喜んだりしていた幼ない美少年であった彼の姿……。
 しかし、そんな思い出の中で、タッタ一つ、寺田自身も、
(こいつは傑作だ!)
 と思ったのがあった。それは、水木が町の絵葉書屋から、色々な女優のプロマイドを買集めて来て、それを切抜いたり、重ね合せり、複写したりして、口は東活の冬島京子、眼は東邦プロの春沢美子、耳は……、というように多くの女優の顔の中から、特徴のある部分だけを採って、それで一枚の美人写真を、頗る巧妙に造上げたものだった。
 水木は、それをわざわざ教科書の間に忍ばせて来て、
(おい、これ誰だか知ってるかい……)
 ともったい[#「もったい」に傍点]振って見せびらかし、「通」自慢の級友たちが、頭をひねっているのを見て、手をうって喜んでいた水木の姿。又、それを洵吉自身も一寸覗き込んで、その余りに整った、創造された美人の顔に、思わずゾッとして冷めたさを感じたことを、今、アリアリと偲い浮べるのであった――。
       ×
 そんなことを、ぼんやりと考えていると、
「どうもお待ち遠……」
 といいながら、水木が、この部屋の向側にあったドアーを開け、手にはまだ水のたれている乾版をもって出て来た。
「この間は失敬、随分待たしちゃったね、写真はやりかかると、手がはなせないんでね――何をぽかんとしてんだい」
「うん、いや、何でもないさ――」洵吉は、笑ってみようとしたが、どうも頬がこわばって[#「こわばって」に傍点]いるのに気がついた。だが、水木はそんなことには気がつかなかったようで、手に持った乾版を覗いてみると、寺田の眼の前につき出しながら、
「どうだい、素晴らしいだろう――これがあの浅草の小川鳥子なんだぜ。やっと承知させて裸のやつを今日撮って来たんだ」
「小川……」

前へ 次へ
全12ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング