って継がせられようが、どういう非道い眼にあったもんか、滅茶滅茶に切れてしまっとるのじゃ、なんとかならんか――と思った時に、ふと考えついたのが、わし[#「わし」に傍点]の研究をしておる電気学で、電線で神経の代用が出来ぬものか、と思いあたったのじゃ、そして電気をよく通すもの、しかし銅では体内で酸化したり腐食する惧《おそ》れがあるというので、白金《プラチナ》を髪の毛のように細かく打伸ばしてな、これを使って見た、ところがどうじゃ大成功なのじゃ、神経系統にいささかの障《さわ》りもないばかりか、しかも流石は畔柳博士の執刀だけに、現在傷一つも皮膚に残っておらんからの――」
「へーえ……では、左きき[#「きき」に傍点]というのはどうしたわけなんですか、白金《プラチナ》線を入れても、それはそれで神経が自然に、又伸びてきて接《つな》がったのじゃないですか」
「ふふん、それは素人考えというもんじゃよ、瞭《あき》らかに現在も木美子の腕の運動神経は白金《プラチナ》線が代用しとる証拠があるんじゃ、というのは畔柳博士が忙しさのあまり白金《プラチナ》線を逆につけてしまったのじゃ、つまり普通の人間では脳の左半球から出る命令が体の右半分を、右半球の脳が左半身を司っていることは君も先刻承知じゃろう、それを、なんとしたことか腕の運動神経だけ右は右、左は左につけてしまったのじゃ、その結果、木美子は生れもつかぬ左きき[#「きき」に傍点]になってしまった……、そればかりか、君、普通の者が歩く時は、右足を前に出す時、左手を振り、次に左[#「左」は底本では「右」]足を出すと右手を振る、こうして平衡《バランス》をとりながら歩行するじゃろう、ところが哀れにも木美子は右足を出すと同時に右手を振り、左足と左手を同時に出してしまうのじゃ、――それであのように、ぎこち[#「ぎこち」に傍点]ない歩き方をするのじゃよ」
「…………」
 私は、この奇怪な話に、ただ眼を見張ったまま頷くより仕方がなかった。彼女が、なんとなくぎこち[#「ぎこち」に傍点]ない歩き方をする、とは思っていたが、まさかこんなに奇妙な、神経を白金《プラチナ》と取りかえたり、脳髄との連絡を逆にされたりした為めであろうとは、想像もつかぬことであった。しかもこの、白金《プラチナ》の神経を持った女を、一目見た時から妖しく胸を搏《う》たれた自分自身に、私は狼狽に似た驚きを覚
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